『容疑者』 ロバート・クレイス

容疑者 (創元推理文庫)

容疑者 (創元推理文庫)


ロス市警の警察犬隊に配属になったばかりのスコット・ジェイムズ巡査と、元・軍用犬、ジャーマンシェパードのマギーは、ともに、数か月前に、(一方は街路、一方はアフガニスタンで)銃撃戦に巻き込まれて相棒を失い、自身も死にかけた。心にも体にも大きな傷を負って出会った。
スコットとマギーがコンビを組み、徐々にかけがえのないパートナーになっていく様と、スコットの元相棒が亡くなった事件解決の過程とが、絡まりながら、物語は進む。


犬が出てこなくても、ミステリとして充分おもしろい、と思う。段々と真相にせまっていけばいくほど、幾つもの罠が周到に用意されていることに気がつき、この袋小路から出られるか?とどきどきする。
けれども、犬、いいえ、マギーとスコットのコンビのおかげで、この物語は、「おもしろいミステリ」以上(以上の以上の以上の…)物語になった。
犬と人とが、単体の犬・人、ではなく、二人になったとき、何かが生まれる、何かが始まる。その何かが、読んでいるこちらの心を高揚させる。
マギーとスコット二人のパートナーシップが、多くの素敵な見せ場をつくり、読み終えるまでには二人のことが名残惜しくてたまらなくなる。


プロローグは、マギーの元の相棒の死の場面だった。撃たれて死ぬ相棒のもとを、マギーは砲弾を浴びながら離れなかった。相棒には絶対服従の彼女が、最後の「逃げろ」「行け」というコマンドには従わなかった。
だから、マギーが、新しいハンドラー(というらしい。警察犬隊の相棒)のスコットから離れずに済みますように。二度と相棒と残酷な別れ方をしないですみますように。そればかりを気にかけながら読んでいた。
スコットに従い、その命令を忠実に聞き分け、危険な場面に出くわしても「あそび」「狩り」「仲間」という言葉が躍るのを、泣きたいような思いで読んでいた。


>甲高い声で鳴くクマネズミやフリーウェイを走る車の音、そんな耳になじんだ活気のある夜の音を聞き、ハツカネズミやオレンジや土や甲虫などのおなじみのにおいに満ちた大気を味わい、こうして床に意ながら、魔法の目を持つ体重四十キロの霊魂になったように、マギーは周囲の世界をパトロールした。
好きな描写である。
読みながら、静かな夜に目をさましている犬のなかに、わたしは滑りこんでいく、そして、目に見えないマギーの「霊魂」と一緒になって出ていく。普段なら絶対聞こえない音や、匂いの世界に分け入っていくような気持ちになる。