『セント・メリーのリボン』 稲見一良

セント・メリーのリボン (光文社文庫)

セント・メリーのリボン (光文社文庫)


表題作を含めて5つの中・短編が収められた作品集です。


「不愛想に見えて、気配りのあるやさしいお人」と、人に言われるようなカッコイイ(よすぎる)男が出てくる。傍らには、強面の犬がいて、男も犬もよく似ている、と思う。
物語の多くは、力あるものが横暴にふるまう世の中で、細々と暮らす貧しい人たちの姿に光があてられる。
そんなことはまずないだろう、でも、あったらいいのに、という願いを、物語の中でかなえてくれる。そういう物語たち・・・。
登場人物の濃さもふくめて、私は、この作品集を、大人のための、ハードボイルドなおとぎ話、と呼びたい。


そう思いながら、するすると読み終るところだったのです。『花見川の要塞』に出会わなければ・・・。


好きなのは『花見川の要塞』だ。
1990年代の日本なのだ。
そうで、あるのに、森の中にはトーチカがある。銃眼には銃身が覗く。
この不思議な場所は、なんなのだろう。ただ、森の濃い緑の匂いが漂ってくる。
軍曹を名乗る15歳の少年と、霊媒みたいな不思議な老女。真夜中に走る軍用列車。
ここには、何があるのだろうか。
太平洋戦争の日本に、この森は続いているみたいだ。
軍隊式の話し方、立ち居振る舞い、身につけた軍服や携えた武器。
物語は、不快な小道具ばかり。そして、こうした小道具を身につけて、それらしく動き回る人間たちがいる。
でも、ここに描かれているものたちの本当の姿は、別のものなのだ。
「子供の頃の、絵本や活動写真で見た事を、あんたはその時は信じていたかね」
この物語から、私が思いだすのはモーリス・ドリュオンの『みどりのゆび』だ。戦場の大砲から花々が咲きだす場面を思い出す。
この物語そのものが、大砲から咲きだした花々なのだ、と感じている。
抱きしめたい物語でした。