『命の意味 命のしるし』 上橋菜穂子×斎藤慶輔

命の意味 命のしるし (世の中への扉)

命の意味 命のしるし (世の中への扉)


この本。NHK Eテレで放映された『SWITCHインタビュー達人たち』の二人の対談をベースにして、互いに対する質問状(?)とその答えという形のエッセイ四つと、二つの対談とで構成されている。写真ふんだんなのもうれしい。
作家である上橋菜穂子さんが、野生猛禽類の獣医師・斉藤慶輔さんに著書『獣の奏者』の監修をお願いしたことが、お二人の出会いであった。


上橋菜穂子さんの文学は、想像(ファンタジー)の世界を描いているけれども、上橋さんは、「うそ」を書くことはない、という。
「私は『精霊の守り人』はじめ、いろいろな物語を書いていますけれども、その物語に出てくるのは、人間と人間以外の世界との間を行ったりきたりしながら物を考える人たちです」と。
その姿勢は、そのまま野生動物の世界と人間の世界の間をいったりきたりしながら、再生医療から環境医療にとりくむ斎藤慶輔さんに重なるのだ。
全く別の世界をまったく違う方法で旅する第一人者たちなのに、びっくりするほど共通点がある。同じ方向を見つめている。そのことにどうしてこれまで気がつかなかっただろう、と思うほどだ。


それぞれがそれぞれの立ち位置(物語の世界、野生動物医療の世界)から、お互いの姿を確認し合いながら、補完しあいながら、命について語るとき、それは、人間の社会に、そして私たち一人一人に繋がっていく。


自然界の声にならない悲鳴は、めぐりめぐって私たち人間たちの危機でもある。
生態系をピラミッドで描くことがあるが、人間はもはやそのピラミッドの中にはいない、と斉藤慶輔さんはいう。はるか昔から、大きく外れてしまっているのだ。外れて、ピラミッドを足蹴にして全部ぶち壊す力を持ってしまっている。
それなのに、人間には、自分が何をしているのか、わからないのだ、という。


危機をもたらすものを簡単に「敵」としたり、「やめろ」と断ずるのは簡単だけれど、ことはそんなに単純なものではないのだ、という話は、印象に残る。
たとえば、風力発電が鳥を殺すことになってしまっていることについて、
「なにかを「やめる」のは簡単です。ただ「やめる」と決めたとたん、それを「やる」ための技術も理論もとまってしまう。そうじゃなくて、今やるべきは、どうしたら人間は風というエネルギーを、自然や動物を傷つけることなく活用できるのかを考えることだと思うのです」と斉藤慶輔さんは言う。
また、上橋菜穂子さんは、
「どちらかが正しくて、どちらかがまちがっているということは、現実にはありえないのではないか。どんなに悲惨な出来事であれ、悪意だけがもたらしたとは言えない気がするのです」と書く。
人は迷う、と上橋差菜穂子さん。相手の立場に立ってものを考えなければ信頼関係は生まれない、と斉藤慶輔さん。
深い専門性を持った二人の究極のプロの言葉は、厳しくも温かい。懐を開いて、相手を迎え入れることで、真剣に道を開こうとしている。
「人と人、そして、人と野生動物たち、われわれは「敵」と「味方」ではなく、この地球の上で共に生きる「同志」だと思うのです」との斎藤慶輔さんのことばが心に残る。


私たちは生まれてきた。そして死んでいく。
「なぜ生まれてきたのか。なぜ死んでいくのか」との上橋菜穂子さんの問いかけに、立ち止まる。
そして、生と死のあいだに留まるこの世界で、わたしは一体何をしているのか、しようとしているのか、と考える。