『三月ひなのつき』 石井桃子

三月ひなのつき (福音館創作童話シリーズ)

三月ひなのつき (福音館創作童話シリーズ)


10歳のよし子は、自分のおひなさまをほしいのだけれど、おかあさんはなかなか買ってくれない。
よし子の家は、お母さんと二人暮らし。
豊かとはいえない暮らしであるけれど、おかあさんは、よし子のお雛様を買うためのお金はちゃんととってあるのだという。それなのに・・・。


おかあさんが昔、大切にしていた思い出の中のお雛様。
よし子のためにお母さんが誂えてくれたお雛様。
どちらのお雛様の姿も細かく丁寧に描写され、そのさまを読んでいると、お人形やお道具を一体一体、自分の手で並べているような気持になる。
ふわーっと温かいものに包まれる。


「・・・きっと、あのおひなさまは、日本一上等のものではなかったわよ。でも、心がこもってたから、そこに説明できないようなものがうまれたんだと思うの・・・」
ああ、おひさなまって、形ではない、こういう思いのことなのだ、と思う。
そして、それは、おひなさまだけではない。
この家族は、日々、心込めて、丁寧にていねいに暮らしてきたのだろう。
そういう暮らしを想像し、その清々しい美しさ、豊かさにほっと息とつく。
忘れかけていた懐かしい風景に出会いなおしたような心地になる。


でも、一方で、この本を読むたびに、ちらっと、ほんとうにわずかだけれど、違和感のようなものも感じてしまう。
おかあさんの思いは美しい。そしてとても強い。間に合わせや雑なものは、消えさる。
でも、消え去るしかない思いには、意味がないのだろうか。
たとえば、「やすっぽいのでいいのよ! 安っぽい、金ぴかのであたしはいいの!」という言葉は。
そういうものたちも、受けいれながら、なおかつ、豊かでいることはできないだろうか。
そんなことを考えてしまう。