『わかっていただけますかねえ』 ジム・シェパード

わかっていただけますかねえ (エクス・リブリス)

わかっていただけますかねえ (エクス・リブリス)


タイトル『わかっていただけますかねえ』への返答は、わたしなら、こうだ。
わかりませんとも! そもそもわかってもらうつもりなんかないでしょ。
わかるかどうかなんて、どうでもいいのだ。


11の短編は、時代も国も違う。主人公(語り手)たちは、性別、年齢、暮らし方まで全く違うのだけれど、どれも同じ人物のような気がする。
物語が11ある、というよりも、一人の人間を、あらゆる方角から眺めているよう。
11のバリエーションで波のように繰り返される「彼」の自分語り、あるいは内省の物語、といえそうだ。


ちょっと変な父親に、虐待というほどではないかもしれないが、面倒くさい(?)関わりかたをされながら育った。
母親との関わりは、親子双方さばさばとしたものだ。というか、父があまりに濃すぎるのかもしれない。
それだから、父に対抗して、兄弟への思いが複雑に深くなっていったのだろうか。
愛とか憎しみとか単純に言い切れないような密着と離反と、それから深い悔恨、意図的無関心。
彼は、純粋さと意固地さが同居して、そもそも自分の感情に素直になることを拒む。
順調に道を歩けるはずなのに、そしてたぶんそうすることを望んでもいるだろうに、なぜか道をそれていくことを自分に強いずにいられないような。
そういう「彼」の影に、家族をみてしまう。


この本、感想を書けるほど読めていない、と思って、読後ずっと放置していた。そんなわけだから、人に勧めたいか、といったら、どうかなと思った。
でも、時間がたつにつれて、なんだか忘れられない本になりつつある。
好きかどうか、いまだにわからないのだけれど、
わかる・わからないをうっちゃって、そのうえで感じるものが、時間とともに上澄みのように澄んでくる感じなのだ。


いま、ふりかえって、見えてくるのは、海だ。
物語のなかに、海が隠れている。
宇宙も海。砂漠にも、言葉にも、海が隠されているように思う。
そもそも、この一冊の本が、11の寄せる波からなる海のようだ。
ときには、津波となって人を翻弄する海ではあるけれど、ほとんど音もなく静かな海・・・
付き合いにくい「彼」の語る話に耳を傾けたい、と思うのは、彼が海とともにあるような気がするから。
たとえば、私がこの作品集の中で一番好きなのが『最初のオーストラリア中南部探検隊』だけれど、砂漠のなかでみつけた「海」はほんとうに透明で美しかった。