『火打箱』 サリー・ガードナー

火打箱

火打箱


アンデルセンの『火打箱』をインスパイアしたダーク・ファンタジー
読み始めて数ページで、挫折しそうになった。この世界のあまりの暗さ、閉塞感に、気が滅入ってしまって。
ヨーロッパ全土を巻き込んだ三十年戦争の渦中という設定だから、時代こそ違え、この世の光景であるはずなのですが、
地獄の風景だった。「絶望」を言葉と絵で表したらこうなるのだろう。
これが戦争のリアルな風景なのだ、と納得する。
あまりに残酷すぎて正視できない現実は、いっそフェアリー・テイルにして語るしかないのかもしれない。
むしろ、リアルな世界の残酷を、フェアリー・テイルという形で表したとき、初めて明確にイメージできる場合もある、と思う。
幻想と夢と魔法の力によって。そして、読者の想像の力をかき立てることによって。


兵士オットーは、敵に追われて死にかけたところを謎の旅人に救われ、二つの不思議なサイコロとともに一人、旅にでる。
主人公の周りに踊るのは、魔法の火打箱、魔女、人狼、そして、大きな陰謀・・・
旅の不気味さ、心細さが、いつのまにか、意味ある冒険に変わり始める。
彼の胸の奥にともったのは、赤いマントと赤い髪の乙女。それは闇にともされた灯りのようであり、夜の海を照らす灯台のよう。
目の奥にいつまでも消えずに残る美しさ。
わたしはいつのまにか夢中になって主人公の冒険を追いかけている。
わたしはこの旅が地獄の旅だという事を忘れかけた。周囲にあるのは闇だということを忘れかけた。
ただ夢中――
しかし、忘れること、ただ夢中になることはエゴイズムに通じるのではないか。
でもこの悲惨の中で、エゴイズムに走らないでどうして生きていけるだろうか。


何かとんでもない事が起こったときに、あの時もしも〜だったら、と悔やむことはよくあるけれど、
その「もしも」の存在さえも完全に遮る果てしない闇がある。
やっとたどり着いた旅の終わりに待ち受けるオチに、声をなくした。
そうだ、サリー・ガードナーって、『マザーランドの月』の作者だったのだ、と思いだしました。