『カリオストロ伯爵夫人』 モーリス・ルブラン

カリオストロ伯爵夫人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

カリオストロ伯爵夫人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


ルパンがまだ若く、ラウールと名乗っていたころの冒険物語です。
本人さえも、自分にその道の才能があることも、将来怪盗ルパンとして名を馳せることになることも、知らなかったころ。


隠された財宝を狙って蠢くいくつもの怪しい影たちが、螺旋のように絡み合いながら、競い合いながら、目標に向かってじわりじわりと近づいていく。
中でも、ひときわ怪しい美女カリオストロ伯爵夫人ジョゼフィーヌの場を圧するようなオーラに惹きつけられずにいられない。
闇の中の誘蛾灯を連想してしまう。
真逆の立ち位置にいるのが、明るい日ざしが似合うようなクラリス
二股かけるラウールには、「ふざけるな」の一言しかないのだけれど、
ふたりの女性の存在が、ラウール自身の二面性そのものにも感じられておもしろい。


ラウールは、若くして、後年の天才ぶりをすでに発揮している。
彼の閃きや推理、大胆な冒険の顛末には、「いつのまに!?」と驚き舌を巻く。リズミカルだと感じるくらいに軽快にして痛快だ。
同時に、後年のお調子者ぶりもまた、この時から、すでに発揮しているのである。
それが詰めの甘さに結びつき、その都度、手柄を無効にするような大失敗を繰り返す。
良きにつけ悪しきにつけ、「怪盗ルパン」の片鱗を垣間見ることは楽しい。
そして、ひよっこぶりを呆れたり侮ったりしていると、転んでもただでは起きないしたたかさを披露してくれるのだから、油断できない。


セーヌを上り下りする平底船。町を駆け抜けるのは二頭の小馬が引く四輪馬車。
女たちはころころと簡単に失神する。
20世紀初頭のフランスの町々の雰囲気もまた、冒険と同じくらい魅力的だ。