『ちっちゃいさん』 イソール

ちっちゃいさん

ちっちゃいさん


ちっちゃいさんは はだかんぼうでいきなりやってくる。
赤ちゃんの愛らしさをストレートに謳う本ではない。
どこかから突然降ってきた「生き物」の、その生態を忠実に書きとめた観察日記のよう。
読めば読むほどに、ときどき吹き出したいくらいおかしい。
無心に生きることも支えようとすることも、なんて面白いのだろう。

>とても ちいさいから、
 どこにでも
 すっぽりと おさまります

>ちっちゃいさんが、こっちを みて、口のはしを あげたなら、
 ついつい おなじことを してしまいます

好きな場面。ただ、それだけで、心地良さや、笑顔が、自然に湧き出てくる。
何かずっしりとした存在が、ここにあるような気がして、それを抱きしめたくなる。
どこにも「かわいらしい」に繋がる表現はないのに、不思議だな、と思う。


「ちっちゃいさん」は、どんどん大きくなってくる。
三者(?)目線で書かれた観察日記に、最後に、ふいに「ちっちゃいさん」目線の言葉があらわれる。

>ちっちゃいさんは ふと、びっくりすることを はっけんします。
 いまは おおきいひとたちも
 むかしはちっちゃいさんだったのだと。

ただ抱きしめるだけだった者に、逆に抱きかえされたような気がして、はっとした。
自我の芽生えというものであろうか。いやいや、そんなことはどうでもいいや。
ひとが「ちっちゃいさん」になってこの世に生まれてくること。そして全力で育とうとすること。その姿は、それだけで、こんなにおかしくてこんなに愛おしいのだ、と気づかせてくれたこと。
そのことをじっくりと味わう。そうしたこと全部を、ありがとうと言いたくなるのだ、ちっちゃいさんに。