『夏の葬列』 山川方夫

夏の葬列 (集英社文庫)

夏の葬列 (集英社文庫)


太陽が雲の影にかくれたとき、今まで見ていた日向の光景は、あっというまに、すっかり色を変える。
だけど、本当は雲なんかない。光景はずっと変わらない。変わったのは、それを見ている主人公のほう。
変わった、というか、もともとそこにあったのに忘れていたものが、何かのきっかけで表面に表れる。
忘れていたかった、弱さや、驕り、身勝手さ。そこから起こる過ち。どうしようもない悲しみ。


表題作『夏の葬列』は、強烈だった。
ワンピースの真っ白な色が、目に焼き付いて離れない。


好きなのは『煙突』
細い煙突に、二人登っているのに、なんて孤独なのだろう。どうしようもなく一人なのだろう。
二人の青年が過ごした屋上の昼休みが、心に残る美しさだったから、この孤独は心底冷たい。
ああ、このえんとつは黒く塗られていたんだよね。その冷たい肌ざわりをここで感じている。


『海岸公園』では、母や姉妹の望み(?)が、このころ(たぶん私が生まれた頃か)には、まだ「正義」だったのだということに驚いている。
「古い家族制度と、それを貫くスジという観念」――関係するだれもが不幸になるしかない正義は、それでも正義なのだろうか。
それから、それ以上に、世間体。
いやいや、いまだってある。ずっとある。そんなもの、と思いきって蹴とばしても自由になれないほどに、囚われている。
・・・そこから、主人公の心情が少しずつ浮き彫りになっていく様子はミステリのよう。


重たい、暗い話ばかり。もっと言えば、「嫌な話」ではないか。それなのに、読後に不快感が残らない。
なんとなく、そういうことは最初から知っていたような気がしている。
知っていたけれど、見ないようにしていた、忘れた振りをしていた。そういうものってある。
それが露わになったことが今となっては、いっそ清々しいような気がしている。
季節は夏。でも肌に粘りつく暑さはない。さらっとしている。
水彩で描かれた風景の前に立っているような気持ち。