『野うさぎ』 ルーベン・バーコヴィチ

野うさぎ (岩波現代選書 (97))

野うさぎ (岩波現代選書 (97))


「ふうがわりな、残忍な、そしてまた美しい物語」と、訳者あとがきに書かれていた。
読んでいる間、美しさなど感じてはいなかった。不気味で、ただただ恐ろしかった。
ふりかえれば、森の情景も、少年たちの(こんな状況のなかでさえ感じられる)初々しさも、確かに美しいと思うけれど。


物語は、森の中。つがいの野うさぎの描写からはじまる。そしてうさぎたちの大切に隠した子ウサギたちのこと。
しかし、読んでいるうちに、この「野うさぎ」は、二人の少年のことなのだ、と思い始める。
無力て、狡猾で、追い詰められながら、したたかに生きぬこうとする少年たち。
少年たちが潜むのは森。豊かな深い森である。
その森は、どんどん狭くなってくるように感じる。じわじわと、周りから恐ろしいものが押してくる。
(恵み深いはずの)豊かな世界が、不気味な前触れのもと、閉ざされた牢獄のように思えてくる。


時代も場所もはっきりとは書かれないこの物語は、ナチスの支配するドイツの物語なのだ。
時代が、戦争が、政策が、「人」が、野うさぎを狩り立てる大きな森のようだ。


悪夢、残酷な寓話のような物語であった。ホラーかもしれない。
この悪夢は、人間が人間のために作り出したものである。それが一番気味悪くて心底おそろしいことだと再確認する。
これと似たこと、もっとひどいことが実際にあったし、これからも起こるのかもしれない。
まだ悪夢の続きの中にいる。夢から簡単に醒めることは許されない。