『神秘列車』 甘耀明

神秘列車 (エクス・リブリス)

神秘列車 (エクス・リブリス)


四つの短編集のトップは『神秘列車』。
真夜中の街路を少年が自転車で駆け抜けていくところから物語は始まった。
駅のホームで電車を待つ。時間は午前二時。
夜の空気の匂いと冒険がはじまる予感を本の中からいっぱいに吸い込むようにして読む幸せ・・・。


巻末に、各短編についてのていねいな解説がある。
一話読み終えて解説を読み、ああ、と思う。物語の土台になっている台湾の歴史も風俗、文化も、私は何も知らずに読んでいたのだ、と思い知って。
何も知らなくても、薄々感じるものはある。それでもきっといいのかもしれないけれど、「そういうことだったのか」と知った時は、視界がぱあっと晴れるような気がした。
事情を知らなければ、何が何だかわからないままだっただろう、と思うのは二話めの『伯公、妾を娶る』
台湾の人たちにとってはあたりまえのことであろうが、伯公って、まさか廟に祀られた神様のことだったなんて(私たちが親しく天神さん、とかお不動さんと呼ぶような、そういう神様だろうか)思いもよらなかった。
解説は先に読んでおくのがいいみたい(でも先に知りたくないことも書かれているのでナナメにさらっと)


どの物語からも土の匂いがしてくる。
土の中から、なりふりかまわず立ちあがろうとする力強さと、荒っぽいユーモアを感じる。
目に見えない霊的な存在と、現世に生きる生臭い人間たちとが、強い糸で結ばれているのを意識する。
幻想的で美しい。
苦い場面や痛ましい場面も、そっと、大きな手のひらに救い上げるような情けを感じる。
ことに好きなのは『神秘列車』と『葬儀でのお話』


『神秘列車』
昔、祖父が乗ったという幻の列車を探して少年が旅だつ。
夜をついて走る列車の独特の雰囲気。外の深くて広い暗さと、車内のほの明るさとを、リズミカルに揺すられながら味わっている。
断片的に語られる家族の列車にまつわる思い出は、ぼんやりとしているようで、あとから思えばなんと印象的なことだろう。
ことに野菫花を胸いっぱいに抱えて窓から乗ってくる男の話が鮮やかな色になって、夢のように美しい。


『葬儀…』は、物語を聞くことも語ることも大好きだった祖母の弔いに際して、「ぼく」が語った物語が二つ。
どちらも愛する大切な家族を送るのに(孫が祖母をおくるのに)相応しい物語。少しおかしくて、少し切ないようで、重みのあるものをしっかりと受け取ったような気がする。
ほどよい湿度(?)も、良い感じで、もっと続けてお話を聞いていたいと思った。(本当はもっとたくさんの話があるらしい。この本にはプロローグのほかに二つだけ収められている)