『インディアナ、インディアナ』 レアード・ハント

インディアナ、インディアナ

インディアナ、インディアナ


靄の中を漂うような感じで、読み始めた。
語られるものは、何かの物語の破片、と思うのだけれど、あまりに散らばりすぎていて、とらえどころがない・・・
一人の初老の男ノア。彼は・・・たぶん千里眼のようなものなのだろうか。人の目に見えないものが見える。
そのいくつかは、予知であったり、何かを暗示するものだったりもするけれど、ほとんどは意味がない。
意味があったのかもしれないけれど、それはわからない・・・最後まで読んで、もしかしたら、あれは、と思うものもあるし(たとえば宙に浮かぶ石のような赤ん坊のイメージとか)、ほとんどは読みながら忘れてしまっている。読みなおしたらもっとはっきりとわかるものもあるかな、と思う。


ノアの物語は、たったひとりぼっちで箱舟に乗ったもうひとりの、ノアの話なのだ。
インディアナは、その名のとおりインディアンの土地。それなのに、インディアンはほとんどいないのだ。白人に殺されるか追われるかして。
大地の上で、背の高い時計の振り子が揺れている。


散らばったいくつものかけらが、一点に集まってくる。それは、過去のある一時期のそれはそれは美しい日々だった。
その一点を中心にして、ノアの人生はまわっているようだ。その一点よりも前も、あとも、ずうっと。
どうしても触りたいのに、ほんの目と鼻の先にいるのに、手を伸ばせば届きそうなのに、どうしても触れることのできない美しい結晶みたいなものなのだ。


正しいことをしたのに、少なくともあの時点ではああするしかなかった。それはみんなわかっているのに、分かっている人だれもが、最後まで幸福ではなくなってしまう、そういうこともあるんだろう。
そうだとしても・・・やっぱりあきらめきれない。
当のノアの人生は・・・ひとりぼっちで乗った箱舟のようだ。
オリーブを咥えた鳩は来たのだろうか。それとも食われたカラスだけ?


最初のところで、ノアが開いている美しい聖書には、何人もの筆跡で、ノアの親族の人たちの生年と没年が書きこんである。
その最後のほうを読みなおしている。もうすぐ、もうひとつの名がそこに刻まれるのだな、と思う。
そしたら、名前がみんな美しい鳥にでもなって、一斉に羽ばたいてくれないかな、と思う。


これはとても苦い物語だ。喪われる物語だ。
それなのに、寓話のように語られる。手紙と今と、過去と未来と、独特のリズムが、読み手を心地よく揺する。
それはとても美しい。