- 作者: 武田百合子
- 出版社/メーカー: 中央公論社
- 発売日: 1997/02/01
- メディア: 文庫
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>隅々まで鋼のようにはりつめた真青な空を、一かたまりの底光りする白い雲が茄子色の影を草原に大きく落して渡って行く。こういう感覚が好きなんだ。
『富士日記』の「くれ方に散歩に出たら、富士山に帽子のように白い雲がまきついていて、ゆっくりまわって動いている」
『犬が星見た』の「頂きに真っ白な雲をのせて、ゆっくりと少しずつ回りながら天山山脈は動き展がってゆく」
のフレーズが重ねて思いだされ、豪快で気持ちがいいなあ、と思った。武田百合子さんの日記全体から受ける印象そのもの。
百合子さんの日々は、相変わらずだ。
富士日記のころに山小屋に植えた草木は成長し、林みたいになってしまった。年月は過ぎた。
それでも変わらず、おいしそうなご飯の話をして、ときどき娘のHさんと映画を観たり買い物にでかけたり、そして、会った人や、聞こえてくる声などをあけすけに、しかしあとくされなく描写している。
頭上はるかな天空の雲がぐるりと渡る様子を描写するのと同じように、街角の人びとのささやかな営みを描写する。同じように眺めさせてくれる。
それが好きだと思う。
それでも、今度の本は寂しい。
知った人びとは、次々に他界する(した)。風景の地図も、人びとの交友の地図も、移り変わっていく。通り過ぎていくようだ。
流れ去っていくさまざまなものを、ただ流れるに任せながら、その中心にこの日記があるような気がする。
この本のあとがきは1992年の五月に書かれる。巌谷國士の解説は「一九九三年五月二十七日、武田百合子さんが亡くなった」と書き始められる。
この本を書き終えて、ちょうど一年後になくなったのか、と。寂しさの総仕上げのような読み終りだった。