『藩校早春賦』 宮本昌孝

藩校早春賦 (集英社文庫)

藩校早春賦 (集英社文庫)


江戸時代末期。鎖国体制も絶対ではなくなりつつある時代である。
東海地方の静かな小藩でさえも、社会の動きに冷静に対処できる人材育成の必要に迫られている。
そして、若者の教育に本腰を入れて取り組むべく藩校が設立されることになった。


主人公筧新吾と、花山太郎左衛門、曽根仙之助の、三人の若者の爛漫な青春記、と思って手にとったが(もちろん、そうなのだけれど)、ちょっとシビアな冒険活劇でもあるのだ。
家格、禄高による細かな階級差など、武家社会の窮屈さを肌身に感じる。
また、一見平和な小藩にもある鬱屈とした淀みに、何やらのいかがわしいものが集まってくる。
さまざまな陰謀が画策され、根っからの悪い奴や、日和見のちょっと小狡い奴が暗躍して、水面下で起こりかけていることがある。
勘が鋭く(学問はイマイチであるが)直情型の新吾を筆頭に、三人の藩校生たちが、自らすすんで…いやいや、つい、巻き込まれていく。
人が切られる。人を切る。い、いいのか。腰に刺した真剣はダテではないのだな。


三人の若者は親友同士であるが、新吾と太郎左は、徒組といわれる最下級武士の子、仙之助は相当に家格の高い家の子である。このことを再三にわたり特筆するほどに、武家社会が厳しい格差社会であることを意識させられる。
それと同時に、そのような時代でありながら、固い友情に結ばれる三人の子らの姿、そしてその家族も(ことに上級士族である仙之助の家族が)啓けた人たちであることを際立たせる。
真っ正直で不器用な三人の子どもたちを陰日向から見守り、期待を寄せる数少ない大人たちの存在もまた、おそらく、この社会では、ちょっとしたハミダシ者かもしれない。
類は友を呼ぶ。類たちが爽やかな風を呼んでいるようだ。
しかし、それぞれの家庭の事情から、藩のありよう、日本のこれからの姿に至るまで、彼らの将来には、負わなければならない荷がすでにどっさりある。
けれども、今は、まだ文武の道をひたすらに(いや、半分逃げながら)歩む。互いに助け合い、こき下ろしながら。それはきっと束の間。束の間なりの清々しさが胸に広がる。