『スクープ』 イーヴリン・ウォー


大衆小説家ジョン・ブートは、新聞社の海外特派員として内乱状態のイシュメイリアに送ってくれるように、仲良しの国防大臣夫人に泣きつく。ただ「女」から逃げる必要がある、という理由で。
ブートをイシュメイリアに送る――
しかし、とんだ勘違い(ブート違い)から、イシュメイリアに飛ばされたのは、別人。家族とともに田舎の生活を楽しみつつ、週に一度の田園通信『青草の茂る場所』を担当しているウィリアム・ブートであった。
ブートがいっぱいでてくる。海外特派員なんて全くガラじゃないウィリアムを中心に、入れ替わり立ち代わりのブートたち。
内乱の国で、他記者の動向を気にしつつ、スクープを狙い、何かしらことが起こるのを首を長くして待っている特派員たち。


人の群れが、考えることを後回しにして、とにかくそれっと右なら右、左なら左、と大挙して動くと、とんでもないことが起こってしまうものだ。

>そうさ、ある時ジェイクスは、バルカン諸国の首都の一つで起こった革命を取材しに行った。彼は列車の中で寝過ごしてしまい、間違った駅で目を覚ましたんだが、その違いがわからずに降りて、真っ直ぐホテルに行き、戦後の記事を打電したんだ。通りのバリケード、炎上する教会、彼の打つタイプライターのカタカタという音に呼応するかのような機関銃の音、部屋の窓の下の人気のない道路に、壊れた人形そっくりに大の字になって死んだ子供について――そういうことなんだ。
そう、違う国からそんな記事を受け取った社は、かなり驚いたんだが、社はジェイクスを信頼してたんで、それを六つの全国紙に派手に載せた。その日、ヨーロッパのどの特派員も、新しい革命の現場に駆けつけるように命じられた。彼らは群れを成して到着した。何もかも平静に見えた。でも、ジェイクスが一日に血惺い千語の記事を社に送っているのに、そう報告したのでは職を失うことになるんで彼らも調子を合わせた。国債は下落し、財政恐慌が起こり、非常事態が宣言され、軍隊が動員され、飢饉が起こり暴動が勃発した。――そうして、一週間もたたぬうちに、ジェイクスが言った通りの正真正銘の革命が起こった。それが新聞の力さ。
こういう話を、笑い飛ばせなくなる。本当っぽいなあ、ありそうだなあ、と思って。
あまりに滅茶苦茶な話がまかり通る最近の世の中、それに比べたら、この程度の皮肉はかわいいものかもしれない。


スクープが先なのか、事件が先なのか、賢いのは誰で、踊らされているのは誰か。タナボタをしっかり頂戴しているのは誰か。
たくさんの人々が入れ替わり立ち代わり舞台にあがるけれど、彼らの本当の姿は、本当の思惑はなんなの。
てんやわんやの狂想曲を、高みから見物している気持ちだ。


最後に、まるで何事もなかったかのように、静かな場所で『青草の茂る場所』がまた続いていることに、なんとなくほっとしている。
損な役回りの人がいて、なんともお気の毒ではあるが、ブートたちがみな満足してあるべき場所にいられることを、よかったよかった、といっておこう。