『ただいまラボ』 片川優子

ただいまラボ

ただいまラボ

某大学獣医学科分子生物学研究室の学生たちを主人公にした連作短編集。
リアルで、ぽんぽんと弾むような若者たちの会話が気持ちよいこと、
人間関係のつまづきや若者たちの葛藤に、獣医学用語(?)を当てはめたこと
(DNAにあってRNAにないものは何かとのなぞかけ、とか、ギンブナのしっぽをつかむ、とか、コンフルエントとかネガティブコントロールとか…。〜ちなみにもとの意味は、丁寧に説明してもらっても、わたしにはちんぷんかんぷんであるが)
など、が印象的だった。
たとえるなら、閉じこもって居ることさえ気がつかずに暮らしていた部屋に、窓があることを思いだしたような感じかな。
窓が開いた時に、すうっと外の風が入ってきて、初めて自分がどこにいるか気がついた感じ。すうっと涼しい風が吹き抜ける。
そういうときの一瞬の気持ちよさに、はっとする。
どの短編も、後味がよい。


獣医学科あるある、なのだろう。
研究室の様子も実験の様子も、そのこぼれ話的なあれこれも、きっと「わかるわかる」とニヤニヤしながら読んでいる人もいるのだろう。


しかし、それだけではない。
描きづらかったであろう獣医学・動物医療のネガティブなテーマにも、この作品は誠実に向き合おうとしたことに好感をもった。
たとえば、物言えぬ動物の生殺与奪を決めるのは人である、ということについて。
動物実験もそうだけれど、治る見込みのない病気で苦しみ続ける仔への安楽死についても。
医大を目指した時点で、学生たちは、それぞれにきっと悩みに悩んだはずだ。それでも覚悟してその道を選んだのだ。
しかし、実際にその場に立つとき、やはり苦しむのだ。悩むのだ。
答えは・・・きっと出ない。どのような合理的な説明が成り立つとしても、それが答えにはならない。
それでも、彼らは悩む。苦しみつつ、答えを探し続けるのだろう。
この問題に誠実であろうとするなら、一生かけて考え続ける責任を背負っていくしかないのだ、と思う。(獣医学だけではなく、さまざまな分野に通じる、と思う)
彼らの誠実さが、いつか何かの扉を開くことになるように、と願う。