『読む時間』 アンドレ・ケルテス

読む時間

読む時間


なんて美しい写真集だろう。
図書館の本棚の隙間で、町の片隅で壁に凭れて、街路に寝ころんで、電車の中で、公園のベンチ、樹木に凭れて、落葉の上で、ベランダの塀にこしかけて、新聞スタンドの前で、寝室のベッドの上で。
みんなが読んでいるその一瞬。
ふっと立ち止まった束の間の時間だろうか、それとももう数時間ずっとそのままの姿勢でいたのだろうか。
とにかくその一瞬、間違いなくこの人は、ここではないどこかにいるのだろう。身体だけをここに置き去りにして。たったひとりで。
読むってそういうことなんだなあ、と思う。そして、その姿は周囲の風景まで巻き込んでこんなに愛おしくてこんなに美しいんだ、と教えてくれる。


様々な国の様々な場所で、様々な季節の様々な時間に、様々な人びとが、読んでいる。
難しい専門書から、胸躍る物語、新聞、漫画、壁に貼られたポスターやちらし、立て看板の文字・・・
読んでいる。
時代も国も民族も宗教も超えて・・・私はたぶん、この人たちと同じ時間を共有することができる。
その瞬間の豊かさを知っている、という点で。
ひとりひとりの大切な自分だけの時間に、私は入っていくことはできないけれど、私もまたいつでも(自分でも気がつかないうちに)そこに行けるんだと思える嬉しさ。喜び。
まるで秘密を共有する同士になったみたい。
美しいページを一枚一枚めくりながら、読める喜びにわくわくし、今すぐに、むしょうに読みたくなる。至福の場所に行きたくなる。


巻頭の谷川俊太郎の詩『読むこと』もよかった。
抜粋。

>なんて不思議…あなたは思わず微笑みます。
 違う文字が違う言葉が違う声が違う意味でさえ
 私たちの魂で同じ一つの生きる力になっていく