『天と地の守り人 〈第一部〉ロタ王国編』 上橋菜穂子

天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)

天と地の守り人〈第1部〉ロタ王国編 (新潮文庫)


シリーズ8冊目。
前巻『蒼路の旅人』でひとりロタ王国に向かって旅だったチャグム。
彼の選んだ道が楽な道であろうはずがない、と思ってはいたけれど、これほどとは。至る所に待ち受ける罠、四方八方からの追手。
バルサはただひたすらに追いかけていく。
かすかなチャグムの痕跡は、道々彼と接触したものの口伝えばかり。
その語る言葉の端々から、チャグムの成長した姿が見える。顔をあげ、自身の道を信じてまっすぐに歩いていく明るい瞳が見えるようだ。


一方で、鎖国に踏み切った新ヨゴの様子が挟み込まれ、読めば読むほどに、焦燥感にかられ、苦しくなる。
シュガやタンダの、それぞれに違った意味での苦しみ。そして、住民たちの喘ぎが聞こえてくるようだ。
あまりにも切羽詰っている。時間がない・・・。希望はあるのか。
そして、一部の能力のあるものだけがうっすらと気づく、別の場所(別なのか、いっしょなのか)の異変は、いったい何を意味するのだろう、どうからんでいくのだろう。

「あなたは信じないだろうが、おれも、あの方には幸せになってほしい。だけど、きっと、もう、あの方自身、そういう暮らしを夢みてはおられないんじゃないかな・・・」
「チャグム皇太子には、その冷徹さがない。彼は……清廉すぎる。」
「大の大人が雁首並べて、動かせないでいる運命を、わずか十六のあんたが、なんで、全部背負いこまなければならない?」
どれも、チャグムの先行きを案じる、いろいろな人間たちによって語られた、チャグムに対する思い。
どの言葉にもまったくそのとおりだ、うなづきつつ、うなづくほどに、切なくもなってしまうし、情けなくなったり腹がたったりしてしまうのだ。わたしも「雁首並べた」ひとりとして。
だけど、いたずらに情けながったり、腹立てているひまもない。だから、彼は一人で行くのだ。
そして、彼はいう。
「わたしが背負っているのは、重荷じゃなくて……夢だから」
夢。か。この期に及んで夢、といえる。
青年の、まっすぐすぎるその夢は美しすぎて危なっかしいのだ。だけど、同時に不思議な強さがある。説得力がある。
このどろどろとした、つまらない意地や欲得づくの世界に、風穴を開けることができるもの、道を開くことができるものは、純粋で清廉な「夢」なのではないか。
できるのかもしれない。