『佐々木邦 心の歴史』 佐々木邦(外山滋比古 編)

佐々木邦 心の歴史 (大人の本棚)

佐々木邦 心の歴史 (大人の本棚)


老境に差し掛かった男が、自分の人生を振り返って回顧録をつづる。
もし、人を介してこの人に出会ったなら、好感をもったかもしれない。ひとかどの人と思ったかもしれない。
けれども、わたしは、このような文章をしたためる人間をいやらしいなあ、と感じた。
赤裸々、とみえて、やはり自分をよく見せたい、という気配ばかりが気になった。
建前のかげにちらちら見える本音の方が気になった。
彼の「やらかした」ことよりも、それをどのようにとらえているか、そのとらえ方が気に入らない。
気に入らないのは、そのいやらしさが自分の中にも半ばあるのを感じているからでもある。
とても人間らしい手記である。


戦前・戦中・戦後を生きた一人の人。しかも戦前に青春期を過ごした人の人生を読むのは面白かった。
その時代だからこその風習も、理不尽ささえも、面白い。
わたしにとっての「当たり前」のなんと歴史の浅いことだろう。


しかし、その人のことをどう思うか、どう見るか、人の印象って、接する人によって違うものだ、とつくづく思う。
主人公(筆者?)丸尾の筆だから、彼が思った通りの人だろう、とその人たち(彼に関係した登場人物たち)を見ている。
すると思わぬところから、その人たちについて彼の印象とは全く違う人物象が浮かびあがる。
自分自身のことさえも、自分が信じたいように信じているわけだもの。


欠点ばかりが目につく丸尾くん、思い上がった丸尾くんの回顧録
そう思ってこの手記を読めば、彼がちょっとかわいくなる。
彼だけではなくて、みんなみんな、愚かでかわいい人間たちだ。かわいいと同時に、得体の知れない不気味な存在。
したたかで、同時に儚くいられる存在。


人と出あい、関わり、別れ、その際限のないつながりのなかで私も生きている。
たくさんの誤解、思いこみの連続でもあった。
それでも、好意と懐かしさで思いだせる多くの顔があることは幸せだ、と思う。