- 作者: セルゲイ・ドナートヴィチドヴラートフ,ペトロフ=守屋愛
- 出版社/メーカー: 成文社
- 発売日: 2000/12
- メディア: 単行本
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アメリカに亡命したドヴラートフが、故国ソ連を出国するときに持って出たのは、スーツケース一つだけだった。
クローゼットから久しぶりに取り出したスーツケースの中から現れたのは、フィンランド製のくつした、ダブルボタンのフォーマルスーツ、将校用ベルト、ポプリン地のシャツ・・・
作者以外の人たちにとっては、何の意味もない、古臭い、あるいは薄汚れたガラクタにすぎない。
しかし、物ひとつひとつには、物語がある。
作者の青春期の、めちゃくちゃででたらめな日々への慈しみ。
出会った人びと(これもまたとんでもないでたらめな連中だけれど)への慈しみ。
当時のソ連の体制から受けた苦痛と反感は、オブラートに包みこみ、皮肉と冷笑とともに断片的に見せられる。
だけれど、それよりもひたすらに懐かしいのは、暗がりにともる灯りのような人と人の繋がりなのだ。
スーツケースから現れた物たちは物にすぎない、でも人がいなければ生まれないもの、人を介さなければ作者の手もとになかったものである。
物は、人のぬくもりと声とをとどめる。作者の魂のありかを示す。
巻頭には、アレクサンドル・ブロークの言葉が引用される。
曰く、
>――けれども、わがロシアよ、そうであっても祖国への愛が、このでたらめでいい加減な日々と、ガラクタの間から浮かび上がってくる。
おまえは私にとって一番いとしい国なのだ・・・
捨てざるを得なかった故郷は、いつまでも、ずっと彼の魂のありかであり続ける。