『虚空の旅人』 上橋菜穂子

虚空の旅人 (新潮文庫)

虚空の旅人 (新潮文庫)


シリーズ四冊め。
チャグムは隣国サンガル王国の新王<即位ノ儀>に、新ヨゴ皇国皇太子として列席するため、王宮に滞在していた。
美しい海の都。王宮。
多くの場面が同時進行していく。
海の民、島の民、王家の人たち、そしてこの世と異界の境界を超えるものを中心にして・・・
どこの場所でも、じわじわと何かが起こっているが、それが何なのか見当もつかない。
そして、バルサは出てこないのか???の不満を抱えてもやもや、旅路は、なかなかはかどらない読書である。


・・・と思っているうちに、気がつけば、一気に物語は進んでいた。
もやもやがひとつにまとまり、全体像が見えたときは、はっきりとした危機がもうすぐ背中に迫っていると知ったとき。
もうのんびり読んではいられないのだ。ああ、ああ、ああ・・・


そして、まずは物語は終わったかと思った。
納まるべきところにおさまったかと思っって、ほっとしかけていたときに、冷水をかけられる。
「王国のことに首をつっこんだら、チャグ<舟虫>のようにつぶされる」という言葉に、寒々と目を覚まさせられた。


そういえば、互いに相手を思いつつ、決して埋まらない溝を感じ続けてきた島守りの夫婦がいた。
互いに相手のことを思いつつ「なぜわかってくれないのか」との問を胸に秘めた二人を歯がゆい気持ちで眺めていた。
きっと何かが変わるのだろう、埋まる溝であるだろう、と思っていたが・・・甘かったのだね。
終盤にきて、埋まるわけがないのだ、ということもじわりと思い知らされている。
相手よりもっと大切なものがあることを前提にしたうえで相手を思う二人に、真に寄り添い合う未来はないのだな、と。


一方で、迫る暗雲の中に、自分の脆さを知りながら顔をあげるチャグムの言葉に胸がいっぱいになっている。
「わたしは、あえて、この危うさを持ち続けていく。天と海の狭間にひろがる虚空を飛ぶハヤブサのように、どちらとも関わりながら、どちらにもひきずられずに、ひたすらに飛んで行きたいと思う」
サグ(この世)とナユグ(異界)の狭間、民と権力者の狭間、チャグムはいつも狭間の「虚空」にいるしかなかったのだ。
それは彼にとって運命であった。抗いがたい運命、渋々受け入れるしかない運命であった。
けれども、今の彼の言葉に、受け身から顔を上げ、自分の意志で立ち向かおうとする意志を見る。もはや、脆い少年の顔ではない。
彼の目指すことが本当に可能なのかどうかわからない。でも、虚空に生きる孤独を知る彼ならきっと・・・と思うのだ。
落ちるなハヤブサ、と念じつつ、彼の旅路を見守っていたい。