『狼が語る ネバー・クライ・ウルフ』 ファーリー・モウェット

狼が語る: ネバー・クライ・ウルフ

狼が語る: ネバー・クライ・ウルフ


著者ファーリー・モウェットは、『ぼくとくらしたフクロウたち』(大好き!)の作者ファーレイ・モワットと同じ人だった! これはうれしいサプライズでした。
(Farley Mowatという名前をどう発音するかは、わかりにくいらしい。地元カナダでさえ。)


若きナチュラリストだった著者が、大学を卒業して、生物学者として職を得たのがカナダ野生動物保護局。
そのころ、「オオカミがカリブーを全部殺してしまい、市民が狩猟に出かけてもどんどん獲物が少なくなっていて、ますます手ぶらで帰ってくることが多くなった」という苦情と抗議が、主に釣りや狩猟クラブといった市民団体から寄せられていた。
(この抗議を支持するのは実業界の面々・特にある有名弾薬メーカー・・・ということが、あとから読みなおしてみれば、きな臭いような・・・)
当局は、オオカミの大群による大虐殺からカリブーを保護することを約束。
その調査のために現地に派遣されたのが、著者だった。
(現場を知らない偉い人たちによって)滅茶苦茶な条件で、北極オオカミの生態を観察、調査、報告する任務を与えられたのだ。
ハドソン湾西岸、北極に近い荒涼たるバーレンランド。二つの夏と一つの冬をここで過ごす。
人といったら、たまにイヌイットの人びとに遭遇するくらいの、いわばオオカミ・ランドです。
ここにたどり着くまでの困難、ここで生活することのさらなる困難、さらに、観察・研究の難しさ、報告に至ってはほぼ不可能という悲惨な状態をユーモアたっぷりに描写しています。


オオカミの土地に人間の文明を持ち込んだ自分が、いかに常識知らずであることか、マナー破りであることか、自分を笑い飛ばしてみせるかのような著者の文章を読みながら、私自身も道化師になったような気がしていた。
狼の生き方があまりにもまっとうに思えて。
オオカミ家族の互いを思いやる愛情深さ、あたりまえに力を尽くして助け合う日常、家族の結びつきの強さに、驚いてしまいます。
そして、読んでいるうちにオオカミがどんどん好きになっていくのです。
狼ほど誠実で信頼できる隣人はいないと、数々のエピソードを読むほどに思えてきました。
(・・・最後に、著者がこの地を去る間際に穴の中で出会った光る目がなんとも美しい印象となり、心に残っています。)


狼は本当にカリブーを殺すだろうか。大虐殺の犯人はいったいだれなのだろう。
クライ・ウルフとは「ありもしない危険を言いたてること」を意味する慣用句だそうだ。
もともとのタイトル「ネバー・クライ・ウルフ」はすでにこの本の内容を語っている。


しかし、これは狼研究の報告書ではない。
もっといえば、オオカミについて書こうとした本でも無いのだと思っています。
狼を観察すればするほど、見えてくるのは私たち「人間」の姿でした。
狼に対する先入観を丁寧にはぎとり(なぜ、このような先入観を持つに至ったか)
狼(そして、狼に近いところで生きるイヌイットたち)の前では、文明の国から来た人間が愚かな道化師にしか見えないことをさらし、
彼の後ろに連なっている累々たる愚かな白人の役人たち、ずるくしたたかな実業家たちの団体、口先三寸で簡単に騙されてしまう庶民たちの姿を、見せてくれた。
ことの根っこにあるのは、人間たちの留まることを知らない「欲」だろうか・・・ そう思うとやりきれなくなります。
命(動物の命も人間の命も)をこれほどまでに安っぽく扱っている生き物が人間なのだ、と、ユーモアに満ちた文章、美しい自然描写のうちに、見せられました。
それでもなお言い逃れ、開き直る人間たちは、いったいどこに向かおうとしているのだろう。