『エドウィン・ドルードの失踪』 ピーター・ローランド

エドウィン・ドルードの失踪 (創元推理文庫)

エドウィン・ドルードの失踪 (創元推理文庫)


チャールズ・ディケンズ作、未完のミステリ『エドウィン・ドルードの謎』に、ホームズとワトソンが挑む! という設定だけで、それはもう魅力的。
しかもこの件の依頼人は、『エドウィン・ドルードの謎』の最重要人物の一人であるジョン・ジャスパーだというのだから。
エドウィン・ドルードは、本当に殺されたのか? 殺されたのだとしたら、誰にどうやって、どのような理由で?
読者は、ホームズとワトソンと一緒に、ディケンズの物語を辿るところから始めます。
すでに書かれた物語や書かれるはずだった物語が、ホームズの周到な調査と推理によって再構築されます。
けれども、ほとんど、一つの形ができあがりかけたところで、ホームズは呟きます。
「・・・話はじれったいくらいに不完全だし、おまけに、まだあらゆる事実の半分もぼくらにはわかってないんだからな」


この物語は、ディケンズの物語(美しい地図のようなあの小さな町の人間模様)を大切にしながら(ホームズとワトソンの物語も大切にしながら)作者ピーター・ローランドのオリジナリティをたっぷり盛り込んで、ひとつの完成図を仕上げていきます。
しかも(訳者あとがきによれば)ミステリファンにもディケンズファンにもうれしい様々な遊びもあちこちに隠されているらしい。(どちらにも詳しくない私は残念でした)


ところで、ミステリを読むのは楽しいけれど、ほとんどの場合、真相を知った時点で、ちょっとがっかりすることが多い。
それは、わたしが、物語を読みながら、「謎」の神秘的な魔力にワクワクし、妄想を肥大化させてしまうせいだ。
どうしようもないくらいに膨れ上がった妄想に比べて、最後に知りえた真相はあまりに小さすぎることが多いのだ。時にはそれが不満になってしまう。
そうなるのが一番自然なんだろうね、と納得しつつ、ああ、真実なんか知りたくなかったよ、あのミステリアスでチャーミングな世界は二度と戻ってこないのか、と半分嘆いてもいるのだ。
この物語にも、実はそういう風に感じた部分があった。あの未完のミステリの続きがどんな風につづられたのか、おおいに興味を持って読んだにもかかわらず、その期待が満たされるや否や、我儘にもこんなことを思ってしまうのだ。
――表情豊かな不思議な闇が、仕分けされ単純化されてしまったような気がする。それがちょっとね、寂しいんだよ。