『死者を起こせ』 フレッド・ヴァルガス

死者を起こせ (創元推理文庫)

死者を起こせ (創元推理文庫)


「庭におかしなものがあるわ」という言葉から物語は始まる。
ねえ、「草の一本一本にいたるまで知りつくしている小さな土地」のど真ん中に、ある朝、樹木が突然出現する、なんてことがあるだろうか。
ブナの若木である。
何が起きているのかわからない、ということの不気味さにぞっとする。
反面、変哲のない樹木が当たり前に葉を茂らせている光景を不気味と感じることが、急に可笑しくなったりもする。
いったい、何が始まるというのだろう。気になるではないか。


登場人物はそれほど多くない。怪しい人物は限られている。舞台もそれほど広くない。ごちゃごちゃしていないので、事態を容易に把握できる。
だから、物語を読み進めながら、本当は何が起きているのか、誰が「犯人」なのかと、あれこれ「推理」し、その都度、修正を加えていける。
スリードには乗らないぞ、騙されないぞ、と意気込んで。
しかし、やっぱり作者のほうが読者のわたしより上なのだ。
結局、作者の手のひらの上で、作者の意のままにあっちにこっちに動かされていたことに気がついて、「ああ、そうだったのか」と唸ることになるのであった。


しかし、この物語の面白さは、ストーリー以上に、登場人物の魅力にあると思う。
三聖人シリーズというのだそうだ。その一作目である。
三聖人は、マルコ、マタイ、ルカという綽名を持つ三人の若き歴史学者である。
三人とも専門はばらばら、性格もばらばらである。ものすごく個性的で、むしろアクが強い。
それでもあえて共通点を探すなら・・・
自分の研究対象に深く執心している。プライド高く協調性がない。そして不器用である、ということだろうか。
三人とも、おそらく研究者としてはものすごく優秀なのだろう、と思う。誠実なのだ、と思う。加えてかなり純情で世間知らず。故に、食っていけない。その日暮らしのバイトで日銭を稼ぎ、いつもかつかつ、細々と暮らしているのだ。
そこに、世の酸いも辛いも知りつくした初老の元警視が加わる。切れ味鋭く皮肉屋だけれど、案外優しく、おまけにイケメンだったりする。わあい。
この三聖人+元警視が、通称『ボロ館』といわれる屋敷に共同生活している。
よく一緒にいられるなあ、と思うほどにバラバラな三人+一人の会話は断然楽しい。全く噛み合っていないって辺りが素敵じゃないか。
彼ら、柄にもなく協力しあったりすると、とんでもないところで人の足をひっぱることになったり、思いがけないタナボタに遭遇したりもするので、油断できない。
次は、誰が何をして、そのおかげで何を引っ張り出してくるのだろう、とわくわくしたり。その面子で動いて大丈夫なのか、とはらはらしたり。
(そして、彼らがじたばたと動けば、物語も動くのである。進むのである。読者をあちこちひっぱりまわしつつ。)
わたしは、すっかりボロ館住人達の虜になってしまいました。