『八月の博物館』 瀬名秀明

八月の博物館

八月の博物館


三つの異なった時代の、異なった状況の下、年齢もばらばらな主人公たちが、それぞれの物語の中に同時に踏み出して、物語が始まる。そんな感じだ。
メインは、六年生のトオルの物語。
一学期の終業式のあと、校門を出た彼は、今まで通ったことのない道を歩いてみようと思い立つ。
そこで、不思議な博物館をみつけるのだ。
間違いない質感なのに、周りの空間に溶け込めない違和感を感じるその博物館で、不思議な少女ミウに出会う・・・


ばらばらだった三つの物語が連絡し合うようになる。それは予想していたし、そうなるのはいつだろう、と楽しみに待ってもいました。
驚いたのは、その物語の先に四つめ、五つめの物語が隠されていた、と知ったこと。
もっと驚いたのは、読者である私自身が、この多重層の物語の一部にしっかりと組み込まれていたことだった。


ほら、高層ビルの一面ガラス張りの床の上に立つ(立ったことはないけれど)とき、こんな感じなんじゃないかな、と想像した。
今まで確かに踏んでいた筈の地面が、ふっと消え去り、天地も周囲も、なくなったような感じ。宙に浮かんでいるような心もとなさ。それなのに、自分がちゃんと立っていることに気がつくこと。
でも、あまり、その感覚に固執している場合ではないのだ。
たとえてみれば、物語は、風船が膨らむように、加速度的に膨張していくイメージです。膨らみすぎたら、と言ってるまに・・・
ゆっくり深く考えている余裕はないみたいだよ。


「感動」とはいったいなんなのか。百人いれば百人の感動があるのだ・・・そんな理屈ではすまない。
感動する、という感覚もまた、この天地のない不思議な空間に放り込まれたような感じ。
ちょっと紛らわしい言い方をしてしまうけれど、「感動」という感覚がこんなことになっている状態に、感動している。


物語が終わるとき、夏も終わります。
ふくらんだ風船はどこに行ってしまったのだろう。見なれた風景は、見なれたままにそこにある。
去っていく夏が名残惜しい。