ヘリオット先生の動物家族

ヘリオット先生の動物家族 (ちくま文庫)

ヘリオット先生の動物家族 (ちくま文庫)


本を開けば、ヨークシャーの美しい風景が待っていた。
村の人々や動物たちに翻弄されながら、夜も昼もない忙しい獣医としての日々を送るヘリオット先生、お変わりありません。
変わったといえば・・・
『ヘリオット先生奮戦記』のおしまいで、ヘレンと結ばれたヘリオット先生は、すでに独身ではないのです。
時々、妻へのおのろけ(なんて可愛らしい先生)が挿入されていて、微笑ましい。
それから、もうひとつ。すでに戦争が始まっているのだろうか。ヘリオット先生はファーノン先生とともに海軍に志願しているのだ。
忘れそうになるけれど、時代は着々と動いているのだ。
ヨークシャーの谷間にこそ、相応しいヘリオット先生、そして、谷間の人々に待たれるヘリオット先生に、戦争は似合わないよ、とぼそりとつぶやきたくなります。


失敗したり成功したり。豊かな風景とそこに住む者たちに慰められたり。
笑ったり、苦々しく口を引き結んだり、また、ほろりとしたり、・・・相変わらず忙しい本だ。
忙しいけど、せわしなくはないのだ。なんといってもここはヨークシャーの牧草地帯。ひとも動物もちっとも急がないのだ。
夜中に緊急で獣医を呼んでも、酔っぱらった牧場主は暖炉の前のソファに足を投げ出して気持ちよく一節うたをうたっていたりする。
共進会のペットショーではでぶの金魚が優勝する。勝利を逃がした飼い主たちは、審査員に極めて理不尽な怒りの矛先を向ける。
動物医療(?)に一家言あるるおばさんは、ヘリオット先生の行くところいくところに出没し、先生を悩ませる。
つい数カ月前に読んだ『ドクター・ヘリオットの猫物語・犬物語』のスターたちの何人か(何頭か)に再会できたことも誠に嬉しい。
なべて世はこともなし、とすがすがしく読み終わりたかったけど・・・愉快でないものが追いかけてくるようだ。
「あのとき、すべてが終わったのではないとわかっていたらよかったと思う。すべてがそれから始まるのだから。」
というこの本の末尾の言葉に希望を持って本を閉じよう。