マルセロ・イン・ザ・リアルワールド

マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)

マルセロ・イン・ザ・リアルワールド (STAMP BOOKS)


17歳のマルセロ。
彼の中の充実・調和を美しいと思った。
彼がその美しい世界から出て外の世界と接触する時に、いちいち立ち止まり、ゆっくり考え、ゆっくりと答えを見つけるやりかたが好きだ。
彼はこの世を一歩一歩大切に歩く人なのではないか、と思った。
こんなふうに生きることができたらいいなあ、と羨ましいくらいの気持ちになってしまった。


マルセロには(アスペルガー症候群とよぶのがいちばん近い)障害があります。
これまで「パターソン」という特別な支援のある学校で過ごしてきました。
彼はこれからもこの学校に通い、大好きなポニーの飼育を続けるつもりでいた。
彼は、自分のスピードで学び、考え、働くことが自分に合っていると考え、この方法で将来の方向も考えていた。
けれども、彼の父は、そろそろ「リアル」な世界に慣れてもいい頃だ、と言うのです。
そもそも「パターソン」に通うことに、父は最初から賛成ではなかった。
そしてマルセロに、夏の間、弁護士である自分の法律事務所で働くように勧めます・・・


わたしは最初、この父親が好きではなかった。
マルセロに「おまえは障害者じゃないんだぞ」と言うその言い方が気に食わないのだ。
それは、裏を返せば、自分の息子は障害者である、と言っているように聞こえるし、障害者を差別しているように聞こえるのだ。
マルセロは考える。

>自分の考え方、話し方、行動が、ほかの人とちがうことはわかっているけれど、だからといって、それが異常だとか、病気だとは思わない
大多数の人間と違うことを「異常」と決めつけることは、決めつけた時点で、それ以上何も見えなくなる、ということにならないだろうか。
「異常」(と決めた)人の中にある優れたものも、美しいものも、何も見えなくなってしまうことはないだろうか。
・・・そういうことって、ほかにもたくさんある。
わたし自身、別の場面で、別の偏見に囚われて、そのために大切なものが見えなくなっているかもしれないのだ。
そして、そのことにまったく気がついていないかもしれないのだ。


父親は悪い人間ではない。息子の事を愛しているし、真剣に彼の将来のことを心配している。
だけど、リアルな世界で生きていくために、成功するために(そして、家族を守るためにも)いろいろなものをきっと切り捨ててきたのだろう。
この父親は、リアルワールドそのものなのかもしれない。
わたしもまた、リアルワールドに属しているのだ。
マルセロの世界を羨ましい、と思った時点で、自分が、彼の世界にいかに遠いか、ということを思い知らされているのだから。
リアルな生活の垢にまみれて、存在を忘れてしまいそうになる美しいものがちゃんとあることを、マルセロを通して思い出します。


リアルワ―ルドがマルセロに合うはずがないだろう、と懸念する。
もし合うようになったら、彼の中にあるあの充実は無くなってしまうのではないか。
もし、そうでないとしたら、彼自身がリアルワールドに打ちのめされて消えてしまうのではないか。
(このままパターソンに残り、彼の得意な動物関係の仕事を実地で本格的に学ぶことのほうが、よいのではないか。
「みんなと同じ」になることだけが正しい道ではないはずだ。
でも、でも・・・
私がマルセロの親であったらどうしただろう・・・本当はわからない・・・)


マルセロが初めて触れたリアル世界での試練は、初めてにしてはあまりに過酷なものだった。
(だけど、同時にとってもエキサイティングで素晴らしい冒険でもあったのだ)
たびたび道に迷いそうになる彼を導いたのは何か。
たびたび打ちのめされそうになる彼を立ち上がらせたのは何か。


道に迷わせたり、足をすくったりする存在に立ち向かうための彼の武器は、彼自身の中、奥深いところにあるものとの真摯で誠実な対話でした。
彼を傍から支えたのは、偏見なく素のままの彼と向かい合おうとした何人かの人々。そして、見回せば広がる美しい光景。
忘れられない場面がいっぱいあるのだ。
ことに、あのキャンプの場面は・・・マルセロが忘れられないように、わたしもまたこの本の中のもっとも美しい場面として、忘れることはできません。


・・・簡単に美醜・善悪を分けられるものではない。どちらかに偏っているものではないのだ。
マルセロの内世界で聞こえていた美しい音楽は、リアルな世界に晒されて、一時聞こえなくなってしまいます。
けれども、消えてしまったわけではなかった。
今、とても美しい音楽が私には聞こえるような気がするのです。
内なる音楽と外の音楽とが響き合ってひときわ深みをました、それは素晴らしい音楽が。
一人の青年の成長がこれほどまでに爽やかに、そして美しく描かれたことに、心洗われるような清々しさを感じています。