閉経記

閉経記

閉経記


2011年から二年間にわたって『婦人公論』で連載していたエッセイだそうだ。
二年・・・その間に、お父さんが亡くなって、長女には孫が生まれている。
『おなか ほっぺ おしり』をリアルタイムで読んでいたわたし。
伊藤比呂美さんの長女は、いつまでたっても、あのイラストのままのかのこちゃんの姿しか思い浮かばないのに、おかあさんになっちゃった。


わたしの子育て中には、『おなか ほっぺ おしり』にずいぶん助けてもらいました。(気持ちの上で)
助けてもらったのに不遜にも、伊藤さんのことを同志くらいに思っていた。
おむつをしていたうちの子だって、りっぱな(かどうかはわからないが)大人だもんね。
『閉経記』というタイトルに、わが身を知る。
この本を読んでいると、家族が「何読んでるの?」と覗きこむ。タイトルとわたしの顔を見比べて、にやーっと笑う。
いいもんね。そういう歳だもんね。今さらじたばたしないのだ。
伊藤さんの書く「漢(おんな)」と言う文字が背中に貼りついているような気持ちで、ちょっとだけ気が大きくなる。


『おなか ほっぺ おしり』で同志と感じた伊藤さんに、『閉経記』でも、やっぱり不遜ながら同志と感じている。
自分のからだのこと、親の事、介護のこと、子どもとの関係、徐々に移り変わっていく夫婦の日常、みんなみんな覚えのあることばかり。
それなのに、そういうことを赤裸々には語れないのだ。それをやってのけてしまう伊藤さんはすごいよ。
いや、本当は、すごいと思うのはそういうことじゃなくて・・・
ここまで、はっきりと物を言う。ズバズバと言う。下品なことも下品に語り、笑い飛ばしてしまう。それなのに、下品とは思わない。
なぜなら、この人は、二年間にわたって書かれたエッセイのなかで、ただの一言も、他人様の噂話をしない、悪口を言っていないのだ。
清々しく美しい「漢」ではないの。