今日 today


>今日、わたしはお皿を洗わなかった
から始まる、たった22行の詩です。
ニュージーランドのある子育て支援施設の掲示板に貼ってあった、という読み人知らずの詩です。
「今日 伊藤比呂美 訳」で検索すれば、全文掲載されたサイトがたーくさんみつかります。
普通の人の声の力、それを助けるネットの力が、この詩を消えさせず、守り、広め、そして、この美しい本を生み出したのだ。

>ベッドはぐちゃぐちゃ
浸けといたおむつは だんだんくさくなってきた
と、この詩は続くのです。
赤ちゃんを抱いたおかあさん。
まわりには彼女を見守る人も、苦労を分かち合ってくれる人もいないわけではなかっただろう。
そんなことはわかっているんだよね。でも、そういうことではないんだよね。
何が特別にしんどかったのか、と言われたら、きっと答えられないのだ。
どうってことないと言いながらこなしてきた日々のほんの小さな「もうひとがんばり」が、それと知らないうちに塵のように積って、いつの間にか身動きできなくなっていた。そんな日がある。
子を抱いた親たち誰もがきっと一度は(いいえ、何度も)つぶやいたことのある言葉だったはず。
経験した人もしない人も、きっとそれをわかっているから、最後の行に近づくにつれて気持ちが高揚してくる。
金色の言葉が空から降ってくるみたいだ、と感じる。
(そうしてわたしはあなたを育てた。そうしてわたしはあなたに育てられた)


思えば、子育ての場面だけの詩ではない。
今だって、これからだって、掃除しないで一日を終えることもある。
とりこんだ洗濯ものは畳まれず、ソファの上に山になる。
夕飯の支度をしなくてはいけないのに、動けないこともある。


それでも、きょう、自分に向けられた大切なだれかの笑顔を思い出せたなら、きっとそれもいいんだね。
そして、ちゃんとやった一日だった、とこっそり言ってもいいよね。


下田昌克の画が、詩の一行一行と響き合って、とてもよいです。