首斬り人の娘

首斬り人の娘 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

首斬り人の娘 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


17世紀のドイツ南部、ショーンガウという小さな町が舞台です。
主人公は、この町の首斬り役人ヤーコプ・クィズル。
罪人に罪を吐かせるために拷問をし、あげくに死刑執行(斬首、火あぶり、車ざき)を行うのが仕事である。
といえば、人が忌み嫌うのもわかるじゃないか。なぜ、こういう役どころの人間を主人公(ミステリの探偵役)にしたのだろう・・・
実は、作者は首斬り人の家系、クィズル家の子孫である。
作者のあとがきの中で、彼は自分の七歳の息子に先祖の話を少しずつ語って聞かせたといいます。
息子にとって、先祖の姿は騎士のようなものに映ったのではないか、と作者はいいます。そして、
「息子にとってファミリーとは絶対安全な避難所である、愛し愛される人たちを繋ぎとめる場である。」
と書いています。
作者はきっと先祖への敬意をこめて、主人公ヤーコプ・クィズルをこの世に送り出したのだろう。
誰からも蔑まれる死刑執行人だけれど、主人公クィズルは、実は町一番の切れ者であり、医術にも長けている。公平であり、広い愛の心も持っている。
彼がこの仕事に就いたのは、誰かがやらなければならない仕事だったからである。


この町の地主である公爵はもう何十年とこの地を訪れることはない。
町を治めるのは評議会の役員達である。
評議会のめんめん、それぞれに裕福で古い家柄の人々だけれど、自分の利益にばかりに汲々とした下卑た群像、とみえる。
トップに立つのは法廷書記官レヒナー。
相当の切れ者です。人望もあるが、それは彼が町の安泰をはかることを第一義とし、そのために、やむを得ずの政治的決断もしてきたからだろう。


町で、次々に子どもが殺されます。しかも殺された子どもの肩甲骨のあたりに記されていたのは「魔女の印」でした。
ついで町のあちこちで起こる破壊さわぎや火事・・・
魔女のしわざ、と色めき立った人々の訴えで産婆のマルタが魔女として捕えられる。
犯人はマルタではない。それを信じるのは首斬り人クィズルと法廷書記官レヒナー。
レヒナーはどうしてもマルタを魔女として火あぶりにしたい(真実などどうでもよい、それが町の安寧のため)
クィズルは真犯人を掴まえてマルタを助けたいと思う。


一連の事件の犯人はだれか、黒幕はだれか、というミステりなのですが、どうやら、これ、真の敵は町の権力者のようです。
結局馬鹿を見るのは貧乏人だ、というような言葉があったのですが、そのとおり。
レヒナーの考える安泰は、今の体制を維持すること。名もない人々の犠牲は必要悪と考えているよう。
そうだとすると、首斬り役を重宝に使いながら、人里離れたところに住ませ、その子は街の人とは結婚できないという慣習に甘んじさせることは、なんて上手いやりかたでしょうか。
街の人たちに、自分たちよりまだ下がいる、と思わせ、不公平観を緩和(?)することに成功しているのですよね。
この体制に挑むかのような首斬り人の娘と医者の息子の恋のまっすぐさが清々しいのです。世間に向けて堂々を顔を上げる二人を応援したい。
これもシリーズなんですね。続きが楽しみです。