カオス・シチリア物語


勾配のある土地に延々と続くオリーブの畑。
集落は地面にへばりつくような石造り。
畑に出ているのは働き者の男たち。左右振り分けの籠をつけたロバを連れて。
女たちは、小さな暗い家の戸口で糸を紡ぐ。
牧歌的で美しい絵のようだ。
と思うのは見かけだけ。


まるで民話を語るかのようにのどかなゆるゆるとした文体で、この土地の人間模様を描き出す。
遠くから眺めたらこんなにのどかで美しい風景なのに、近づいてみれば、
聞こえてくるのは、人々の嘆きの声、あきらめのため息。それをあざけりあう耳障りな笑い声。
家畜たちと一部屋を分け合う、窓のない小さな家。
地主たちは搾取するばかりで、死んだ者を葬る墓を掘ることさえ、許可しない、という。
若者たちは、島を出てアメリカへ行く。それきり二度と帰ってくることはない。


島の暮らしは呪詛に満ちている。
明るい兆しなどどこにもない。どこに転んでも目を覆うような過酷な日常。
それなのに、それを語る言葉はなぜかこんなにのどか。日だまりに座って、老人から物語を聴いているようだ。
語られる顛末の悲惨さには、突き放したようなユーモアが仕込まれている。
なんとなく、悲しみと諧謔味が紙の裏表みたいになっているなあ、とぼんやりと思う。
嘆く人もそれを笑う人も、自分のことを同じように嘆き、笑っている。
笑うことで、突き放し、突き放すことで逆に寄り添っている、そんな感じがするのだ。


どうにも救いようのない物語ばかり読んだはずだけれど、
印象に残っているのは、土の匂いが気持ちよい、ということ。それから、地べたが温かい、と感じること。
この暗さのなかで、満たされているように感じること。


プロローグの、羊飼いによって首に鈴をつけられたカラスが印象に残ります。
カラスは絶えず訳も分からずりんりんと鈴を鳴らし、周りに波紋を広げつつ、したたかに生きている。
大空から降ってくる鈴の音が聞こえるようです。
このカラスの姿が、続く14の短編の主人公たちのように思えてきます。
この鈴の音は、美しいか、煩わしいか、怖ろしいか・・・悲しいか。
澄み切った真っ青なシチリア島の空をバックに、やっぱり美しい、と感じました。