ピランデッロ短編集 カオス・シチリア物語 (エクス・リブリス・クラシックス)
- 作者: ルイジピランデッロ,白崎容子,尾河直哉
- 出版社/メーカー: 白水社
- 発売日: 2012/07/21
- メディア: 単行本
- クリック: 5回
- この商品を含むブログ (5件) を見る
勾配のある土地に延々と続くオリーブの畑。
集落は地面にへばりつくような石造り。
畑に出ているのは働き者の男たち。左右振り分けの籠をつけたロバを連れて。
女たちは、小さな暗い家の戸口で糸を紡ぐ。
牧歌的で美しい絵のようだ。
と思うのは見かけだけ。
まるで民話を語るかのようにのどかなゆるゆるとした文体で、この土地の人間模様を描き出す。
遠くから眺めたらこんなにのどかで美しい風景なのに、近づいてみれば、
聞こえてくるのは、人々の嘆きの声、あきらめのため息。それをあざけりあう耳障りな笑い声。
家畜たちと一部屋を分け合う、窓のない小さな家。
地主たちは搾取するばかりで、死んだ者を葬る墓を掘ることさえ、許可しない、という。
若者たちは、島を出てアメリカへ行く。それきり二度と帰ってくることはない。
島の暮らしは呪詛に満ちている。
明るい兆しなどどこにもない。どこに転んでも目を覆うような過酷な日常。
それなのに、それを語る言葉はなぜかこんなにのどか。日だまりに座って、老人から物語を聴いているようだ。
語られる顛末の悲惨さには、突き放したようなユーモアが仕込まれている。
なんとなく、悲しみと諧謔味が紙の裏表みたいになっているなあ、とぼんやりと思う。
嘆く人もそれを笑う人も、自分のことを同じように嘆き、笑っている。
笑うことで、突き放し、突き放すことで逆に寄り添っている、そんな感じがするのだ。
どうにも救いようのない物語ばかり読んだはずだけれど、
印象に残っているのは、土の匂いが気持ちよい、ということ。それから、地べたが温かい、と感じること。
この暗さのなかで、満たされているように感じること。
プロローグの、羊飼いによって首に鈴をつけられたカラスが印象に残ります。
カラスは絶えず訳も分からずりんりんと鈴を鳴らし、周りに波紋を広げつつ、したたかに生きている。
大空から降ってくる鈴の音が聞こえるようです。
このカラスの姿が、続く14の短編の主人公たちのように思えてきます。
この鈴の音は、美しいか、煩わしいか、怖ろしいか・・・悲しいか。
澄み切った真っ青なシチリア島の空をバックに、やっぱり美しい、と感じました。