解錠師

解錠師 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

解錠師 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


解錠師――金庫破りのことですが、「解錠師」というだけあって、錠前を開ける手際のスマートさ、優美さは、まさに芸術。
その解錠師は、17歳の――まだ少年のようなマイクル。


マイクルはある「事情」があり、声を出すことができません。
マイクルの静けさを通して、
自分と自分を取り囲む世界とが、どんなに騒々しい音に満ちているか、
どんなにたくさんの意味のない言葉に満ちているか、気が付きました。
騒々しいのが当たり前の世界の中で、マイクルの静けさは、まるでそこだけ真空になっているよう。
そして、彼の沈黙こそ、限られた時間の中で錠を開けるために集中しきるに相応しい巨大なエネルギーに思えて、リアルな臨場感を味わった。
気がつけば、マイケルの手許を息を詰めて見守っている。
金庫にぴったり耳を押し付け、わずかな手ごたえを全身で聴きとろうとした。
ここぞという瞬間の手ごたえ、扉が開く瞬間の開放感、ときたら・・・爽快。


金庫破りは犯罪である。マイクルは凄腕の犯罪者である。
犯罪者ではあるが、読めば読むほど、彼の純粋さ、不思議な透明感が、露わになってくる。
不器用なほどの誠実さも。
彼は、望んで、この道を歩いているわけではない。ひりつくような孤独感が際立つ。
主人公の性格と置かれた状況とのアンバランスさが、この物語のたまらないの魅力になっています。


彼を支えているのは、恋人に寄せる思いである。
声を発しないマイクルと恋人アメリアの、互いの思いを伝えあう一風変わった「言葉」がそれはそれは美しい。
最後のアメリアからの「言葉」は、強く胸を打ちます。
マイクルの声を閉じ込めた錠をあける解錠師は、きっと彼女だ。


ほかの登場人物も(おっかない奴らも含めて)すごく魅力的だった。
ことに彼に解錠を依頼する強盗団(?)
一人ひとりがそれぞれに個性的なうえ、チームとしての仕事の巧みさ、鮮やかさが秀逸で、
ちょっと、伊坂耕太郎の『陽気なギャングが地球を回す』の雰囲気に似ていて、楽しい。
主人公に幸せになってもらいたい、せめてこんな仕事から解放してやりたい、と思う一方で、
このご機嫌な仲間とともに見事なプロの仕事(!)をもっともっと見せてほしい、と願ってしまった。