チボー家の人々(5)診察

チボー家の人々 (5) (白水Uブックス (42))

チボー家の人々 (5) (白水Uブックス (42))


医師としてのアントワーヌの一日を描いたこの巻では、前巻から三年近くが過ぎていた。
忙しくも充実したアントワーヌの一日を読んでいると、落ち着かない気持ちになってくる。
嵐のような前巻の終りに繋がらなくて。
ラシェルとの恋は、すでに彼の中では過去の思い出として片付けられているみたいだ。
誰の心にも、当たり前のように受け入れられているかのようなジャックの不在も気にかかる。
かわいい妹のようだったジゼールが、美しい女性に成長しているし、一方でフォンタナン家のジェンニーの影が薄い。
ジゼールと周りの人間たちとの微妙な齟齬も気になるところ。
いったい、あのあと、何があったのだろう。たくさんのドラマがあったはずなのだ。


朝から晩まで本当に忙しいアントワーヌの、医師としての誠実さが光る。
鼻についた奢りや野心は影を潜めている。逆に人を見る目の温かさ、懐の深さが際立つ場面が多かった。
各患者とアントワーヌのやり取りには、見ごたえのある場面がいっぱい。珠玉の巻だった。
あきらかに成長したなあ。やはり、この二年の間にいろいろあったのだろう。
彼は医師という職業に満足しながら、その一方で、苦しい課題をつきつけられてもいる。
「いかなるものの名において」との問いかけが心に残る。


戦争が真近に近づいてきている。
アントワーヌをはじめとして、呑気な人々。実際普通の人々の様子は、そんなものだったのだろう。
この先、彼らは、闘いのなかで、どのように生きていくのだろうか。