スワン・ソング

スワン・ソング〈上〉 (福武文庫)

スワン・ソング〈上〉 (福武文庫)

スワン・ソング〈下〉 (福武文庫)

スワン・ソング〈下〉 (福武文庫)


第三次大戦は、(いつだれが始めたかもわからないくらい)あっというまに始まり、あっというまに終わった。
本当にあっという間。そして、あっという間に、太陽のない暗く冷たい空の下、放射能に汚染された大地が遺された。
ほとんどの人々が死んだ。
生き残った(生き残ってしまった)人々が、死に絶えた大地の上に残される。
そうして物語は始まる。


暗くて寒くて怖ろしい。
地獄を喜ぶ人間もいるのだ、地獄の王として君臨することに喜びを感じる者もいるのだ、ということが一番恐ろしい。
怖ろしいのは人間だった。
おぞましい場面の連続で、吐き気がする。めげぞうになる。
私、よくもまあ、こんなの読んでるよ、とあきれる。
だけどね、ちらちら見える澄んだ美しいもの。あれがいったい何なのか、どうなるのか、ほうっておくわけにはいかないのだ。
そう思いながら、読み続けた。


惨たらしい世界の片隅に、本当に片隅に、小さな光が見える。とてもとても小さな光。
こんなに小さな光なのに、なんて明るいのだろう、なんて温かいのだろう、なんて美しいのだろう。
地獄で、美しさが、何の役にたつのだろう。
全てを失くしたのに、そのうえまだ奪われようとしている人々を、この美しさはどこに導くのだろう。
それを知りたかった。
そして、その不思議な美しさには、この物語の人々だけではなく、読者であるわたしもまた励まされていたのだ。


モーリス・ドリュオン『みどりのゆび』を思い出しました。
大地に植物が育つ、ということは奇跡なのだ。
そして、この奇跡が、人に希望を与え、生かすのだ、と。
人というものは、きっと固い殻につつまれた小さな種なのかもしれない。
殻のなかで、その種はちゃんと生きている。殻が割れるときの(芽吹くときの)準備をしている。
種の中に眠っているはずの「ほんとうの顔」は、魂であり、命でした。


散り散りに、小さな命がたちあがり、遠くから一点に集まってくる。
最後に、心から求めていたのはこれだったのだ、と思う光をシャワーのように浴びていました。
震えるような気持ちでページを閉じる。
長い長い物語だった。登場人物のあの人ともこの人ともずっと一緒に旅をしていた。道連れだった。
本を閉じながら、名残惜しい気持ちでいっぱい。