黄昏に眠る秋

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

黄昏に眠る秋 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)


スウェーデンの美しい島、エーランド島
深い霧の中で、五歳の男の子が消えてしまった…
それから20年以上の年月が過ぎる。
母親のユリアは、忘れない。忘れたくても忘れられない。
生きているのか死んでいるのかもわからない息子。
そのときそばにいてやらなかった父を責め、自分を責め、苦しいその後をやっと生きていた。


島を出て一人で暮らしているユリアに、高齢者施設に暮らす父から電話がかかってくる。
二十年前の手掛かりをみつけた、彼女に島に戻ってきてほしい、と。


季節は秋。
夏の華やかな観光シーズンを過ぎて、閑散とした島は、その本来の姿に戻りつつあるようだ。
なかでも住人はほんの数人に過ぎないようなさびれた村では。荒々しい自然がむき出しになる。
嘗ては海運業が盛んだったのだろうか。でも、今は寂れている。
寡黙な人々が住んでいる。


幼子を失くし、それを機に心を閉ざした母と、娘に後ろめたい思いを抱えた父(祖父)が探偵役のミステリです。
ミステリですが、同時に親子の絆についての物語でもあります。
こぶこぶとした結び目を丁寧にほどくように物語は静かに進んでいきます。
まず、ユリアと父、ユリアといなくなった息子をはじめとして、幾組の親子が出てきただろうか。
それぞれ、事情もありかたもちがうけれど、共通するのは、自分たちが親子でい続けるために、重苦しい鈍痛を抱えていること。
そういう親子たちです。
それは、北欧のこの島の姿によく似ている。
ただ黙って耐えている姿が・・・


荒野、切り立った崖、冷たい雨、霧・・・
こんな単語を列挙しただけで、なんとも陰鬱な気持ちになる。
だけど、華やぎがないからこそ、静かだからこそ、決して変わらずにあり続ける物も見えてくる。
昔の言いつたえや伝説が、荒れた風景に深みと味わいを与えている。
この翳りは、人を突き放すものではない。
闇に向かいあうことから、見出されるものがある。
大切なものを大切に守り続ける翳であったか、と思う。
独特な雰囲気の島は、舞台、というより重要な登場人物のようだった。


荒れた北の島。閑散としているように見えるけれど、とても美しい小さな島なのだ。
やがて長い夜が続く厳しい冬を迎えるのだろう。
夜の季節が始まるのだ。闇は深いけれど…そう、暗いばかりでもないはずだと信じています。


>「物語はそれぞれの歩調で話すのがいちばんよかろうと思ってるだけさね。むかしは、みんな、いつも時間をかけて物語を紡いだが、いまではなにもかもが、さっさと済まさねばならなくなって」