こんちき号北極探検記

こんちき号北極探検記 ホッキョクグマを求めて3000キロ

こんちき号北極探検記 ホッキョクグマを求めて3000キロ


一本の電話が掛かってきて、いきなり一カ月間の北極行きが決定している。
どういういきさつがあったんだろ、いや、面食らってなんかいられません。
遅れずにについていかねば。


それにしても、北極でしょう。こんなに簡単にほいっと行けるのか。
ほいっと、と思ったのは、はるかな昔の探検隊を思い浮かべているからだ。
アムンゼンとか、(こっちは南極だけど)シャクルトンとエンデュアランス号などを。
命知らずの猛者たちが決死の覚悟で挑む闇と氷の世界だと思っていた。
あべ弘士さんを通して見る北極はなんだかイメージがちがう。
からりと明るくて(それは夏で、白夜の季節ではあるが)楽しくてわくわくする。


海に浮かんで見えるシロイルカの背中の群れは「大きな白い大福モチだ」
海の妖精クリオネを採取して、酢の物(!)が食べたくなったりしている。
ものすごく腕のいい(しかも美人の)コックに、毎日絶品イタリアンを食べさせてもらっていたというのに、食いしん坊だなあ。
しかも、こんちき号一行、のん兵衛がぞろり。


いやいや、何を言っているやら。
あべ弘士さんは、北極へ、動物たちを訪ねてやってきたのだ。
白クマに初めて遭遇した感動は、たくさんのスケッチののびやかなタッチから伝わってくる(ほのぼの笑えるシロクマ劇場もあり)、
アゴヒゲアザラシのひげは、くるくるぱっちん、
氷山の上でいろいろな鳥たちが休んでいる。「『お休み処』の暖簾がかかった氷がやってきた」に笑ってしまう。
ハシブトウミガラスのコロニー、60万羽に息を呑む。壮観だった。


北極に、生物の種類は、少ないのだそうだ。でもその分、各種類の個体数がとても、とても多いのだそう。
といっても、あべさんがこの旅で出会った生物の種類の多さを思えば、種類が少ないなんて、俄かには信じられず。
生きものたち、フル出演の大サービス、というわけでもないだろうに。
「命の躍動」という言葉が相応しい。
そして、パノラマのような氷河の彼方から、氷が割れる音がピチッパチップチッと響いてくるのだ。

たくさんの生きものたちを氷の上に乗せて、北極そのものが生きて呼吸をしているかのよう。
なんて賑やかなんだろう!
北極はさびしいところじゃなかった。こんなにも活気に満ちた世界だった。


「地球のてっぺんで寝返りをうった」という言葉に、ゆらりと目まいがした。
ああ、北極。あべさん、北極にいるんだ・・・と、改めて。このおおらかさが気持ちいい。


名残惜しい「あとがきにかえて」
「今度行くときは連れてって」という人に「今度はない」という。

>二度目は予想がつくので感動が半減する。「探検」は初めてがよい。
これも素敵な言葉だった。
「また行きたい」と思いそうなものではないか。
でもあえて、「初めて」を大切にする、その感動の純度の高さに、心動かされた。
「今度」のないあべ弘士さん流の「初めて」をこの本でいっぱいわけてもらった。
探検記、楽しかった。