月の骨

月の骨 (創元推理文庫)

月の骨 (創元推理文庫)


…あまりに満たされた日々は、逆に不安を誘う。
こんな良いことばかりが長く続くはずがないだろう、と思う。
もしかしたら大切なものをどこかに忘れてきていないだろうか・・・
そして…普通なら、気にしないだろうと思うような、生活の中に混ざる小さなトゲのちくちくが、どうにも気にかかるものなのだ。
気にすることはないよ、と言われれば、なるほど、そうなんだろうな、と思う。思うのだけれど…ね。
不安になるのは、この幸福が、強く願ったり努力したりして、やっと手に入れたものではないから、かもしれない。
ぽんところがりこんだ、だれかがいきなり投げてよこした、そんな気がするから…


カレンは夢を見る。
続きものの夢で、変わった道連れとともに、不思議な世界で冒険の旅をしている。
見たことのない世界なのに、しかも荒唐無稽な世界なのに、なぜかカレンにとっては昔知っていたような気がする世界…
この地での旅は楽しい。ふとエンデの『はてしない物語』を思い起こさせるような…冒険の旅なのだ。


だけど、不思議なことに、夢が現実に少しずつ混ざりはじめる。
現実が夢に混ざってもいる。
そうして、少しだけ、夢と現実との境界があいまいになってくる。
そもそも、これほど長いこと連続してみる夢ってあるだろうか。夢の、くっきりとしたリアリティは何だろう。
どちらが本当のことで、どちらが夢なのか、わからなくなる・・・
そもそも夢っていったいなんなのだろう…


彼女はなぜその人に出会ったのか、ということが途中からとても気になり始めました。
やがて、物語の中で静かに明らかになるし、その前に勘の良い人ならきっと気がつく…
それがわかったときは、痛みが体全体に広がっていくようだった。


起きてしまったことを今さら悔やんでどうなるものでもない。
かといって「仕方がなかった」で済ませていいわけがないのだ…
だけど、こういう形で、そのことに向かい合うことになるとは思わなかった。
私の心に残るのは一つの罪だ。
さらに、「忘れる」ことがもっと恐ろしい罪だと思った。


ほんとうは怖かった。醜かった。酷かった。
幸福にジワリと混ざった、見えるか見えないかわからないような不安が、徐々に広がっていき、
思いもかけない場所で一気に加速する。
わたしの一番苦手な話。のはず。
でも、そうではなかった。
醜く怖ろしいはずの世界は、美しかった。
与えられたのは、思いがけない平和。(とても辛いのに…)
失われたものは戻っこないのに、そのことを思い出したことによって、不思議な糸で繋がった、ともいえるか。
(コレハ、ユルシ、カ?)
差しのべられた手をもう少し握っていたい、そのままでいたい…
たとえば、やっとここに辿り着いたばかりでしょ、ゆっくりしていってよ、もう行ってしまうのか、と、
そんな気持ちで、この本の世界と別れることになるのだ…