デニーロ・ゲーム

デニーロ・ゲーム (エクス・リブリス)

デニーロ・ゲーム (エクス・リブリス)


一万の砲弾が降り注ぐ町ベイルート
幼なじみの二人の少年バッサームとジョルジュが駆け抜けていった。
まるで犬の子を拾うように女の子をナンパする。
カジノの金をくすね、偽ウィスキーを売りさばく。
ガソリンを盗み、二人乗りでバイクを飛ばす。
背中に隠した銃は伊達ではない。
目の前で人が死ぬのは日常茶飯事、
理不尽にひとがたたきのめされ、連行されるのも日常茶飯事、という町で。
スピードをあげて、砂塵を巻き上げて、物語は走って行く。


死んでいるか、生きているか。その間にあるのは暴力。
さらにその隙間を縫うように這うようにして暮らしていく人々の住む町。
この町を出なさい、と勧める人。
この町を出るのだ、と夢見る少年。


だけど、この町を出たとき、居場所はどこにあっただろう。
ぎりぎりでつっぱるように生きのびた町の、あの緊張感は何だったんだろう。
カミュの『異邦人』の引用が効果的に物語に溶け込んでいく。
おしゃれな街で、小奇麗な格好をしてそぞろ歩く人々、
砲弾や軍靴の響きに怯えたことのない人の中に混ざって、
この居心地の悪さ、間の悪さ、なじめなさがいたたまれない。
異邦人。なんと冷たく無関心な言葉。無関心。


・・・デニーロ・ゲームは、一種のロシアン・ルーレット
しばらく読み進めて、ああそうか、そういうことか、と思った。
さらに進めて、ああ、そうだったのか、と思った。
でも、本当の意味がわかったのは(本当に驚いたのは)一番最後だった…


ゲームをしかけていたのはジョルジュではない。彼はゲームの中にいた。
ゲームのなかの、いつ、どこで、どちらにころげるかわからない駒だった。
バッサームでもない。彼もいつのまにかゲームの駒になっていた。
彼らの人生は、もしかしたら、生まれおちた瞬間がすでにゲームの始まりだったのかもしれない。
かけがえのない一つひとつの命が、人生が、ただのゲームの駒になる、怖ろしさ、虚しさを、
わたしだって、ほんとうには理解できないのだろう…


振り返ってみれば、土の中から血と埃にまみれた金貨を拾い上げたような不思議な気持ちになる、
彼らの過去の輝き――
輝きなんて言葉がこれほど似合わない世界で、やっぱり輝いていたのだ。
暴力とスピードと怒りと復讐とに隠れて、不器用な友情や恋があって、憧れがあった。
汚れた金貨を指でこすれば、本来の輝きがうっすらと蘇るように。


内戦の町だ。
怖ろしいゲームが、人々の運命を簡単に引きちぎって行く。
だから…本来顔をそむけたくなるような彼らの青春が、きわどい綱渡りが、
不思議な輝きを帯びた命となって蘇ってくる。