小川未明集 幽霊船 (文豪怪談傑作選)

小川未明集 幽霊船―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)

小川未明集 幽霊船―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫)


文豪怪談傑作選とは、なんと魅力的なシリーズだろうか。
泉鏡花はわかる。
でも、川端康成森鴎外吉屋信子室生犀星……
それから小川未明
小川未明が怪談?…いや、そういわれてみれば、『赤い蝋燭と人魚』って怖いお話。


しっとりと濡れた昼なお暗い森。
ひなびた村の昼。夜の下宿屋の二階。
暗く荒れた北の海。
怖いよりは、まずはその怪しくも美しい舞台の雰囲気に魅せられてしまう。
美しい文章、人々が語る台詞の丁寧なもの言い、今ではすっかり忘れられた習慣…
何も怪しいことが起こらなくても、何やら不思議な世界に紛れ込んだような感じに酔ってしまう。


誘いかけるのは幽霊船か、泉のほとりの優しい姉か、軒先に立つ得体のしれない僧侶、
明日は消えてしまうカフェに集うのは見覚えのあるような顔たち…
怖くもあるが、それよりも、どこか懐かしくて、むしろ悲しくなる。幻想的な物語は妖しく美しい魅力を放つ。


未明は、『夜の喜び』のなかで、このように書いている。


私は、死は人間最終の悲しみであり、悲しみの極点は死であると思い、いかなるものも死を免れぬという考えから、むしろ死に懐き親しみたいという考えが生じた。
夜と、死と、暗黒と、青白い月とを友として、そんな怖れを喜びにしたロマンチックの芸術を書きたいと思う。


だからだろうか…この美しさは。寂しさは。悲しさは。
いや、そう言ってしまうのは早い。それだけでは終わらない。
本当に怖いのは別のところにある…
もっとも怖い、と思ったのは、人間だけが出てくる物語。生身の人間の物語です。
正体がさっぱりわからない、何を考えて、何を目的にして何をやらかすのかわからない人間の怖さ、底暗さは、
妖魔よりも幽霊よりも、死神よりも、ずっとずっと上だった。
『老婆』『捕われ人』『森の暗き夜』…
そして、『質問を探したとき』の「そのうち隣の三畳もあきます」に背中から冷水をぶっかけられた心地であった。
人の棲まうこの世には、怪談より怖い怪談があっちにこっちに落ちているかもねえ…