レクイエム

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

レクイエム (白水Uブックス―海外小説の誘惑)


七月の熱気と湿気を全身に感じながら彷徨うリスボンは、
真夏の陽炎のなかに不思議が見える。


(本の中の登場人物まで、いつのまにかさりげなく傍らにいたり、
著名な詩人と、なんのこともない顔で待ち合わせをしたり)
次々に出会う人は生きているのか死んでいるのか、
どこまでが現実でどこまでが幻なのか。
まるで道路からたちのぼるゆらゆらした空気のなかを方角も定めず漂っているような、
読んでいるのかねえ、歩いているのかねえ、眠っているのかねえ、わたし。
ひとりひとりに、ひとことひとことに、
何か意味があるのかしら。
どのへんがレクイエムなのかしら。


彷徨の始まりで、汗でびっしょり濡れたシャツを脱いで、新しいシャツに着替える。
このシャツはジプシーのおばあさんから買う。
このおばあさんがくれた言葉が「浄化」
ただ一日、夢と現実の間をゆらゆらと彷徨い、人と出会い、言葉を交わし、
そのたびに、着ているものを脱いで行くような心地だった。
まるで何か病気にでも罹っているんじゃないか、と思うほど、弱っていた主人公が、
人と会うごとに、違う場所を尋ねるごとに、元気になっていくような感じがするのだけれど。
でも、一体何が浄化になっているのか、
出会いも不思議であるならば、その会話も謎なのだ。


いや、余計なことは考えない。だって蒸し暑い七月だもの。
最後に待ち人と会う。
あ、そうだったっけ。彼を待っていたのだったなあ、と思いだす。