ブルックリン

ブルックリン (エクス・リブリス)

ブルックリン (エクス・リブリス)


アイリーシュは、ほんとはブルックリンになんか行きたくなかったのだ。
いや、行きたいのかどうかもわからなかったのだ。
ただ、生まれてから今日まで生きてきたこの暮らしから離れるのが不安でしかたがなかったのだ。
でも、仕方がない。アイルランドにはちゃんとした仕事がないのだから・・・


堅実で、自分の立ち位置をしっかり固めながら、一歩一歩着実に歩いていくアイリーシュ。
それは、どこに住んでも。誰とつきあっても。何を生活の糧にしても。
彼女の素朴で誠意ある生き方には、清々しい共感を感じる。気持ちよく応援したくなる。
(だけど、何かがずっとおぼろに不安だったのだ。)


問題は、彼女が二つの故郷を持つしかなかったことではないか、と思う。
彼女が、家族を残してアイルランドの家を出たこと、ブルックリンで生きる決心をしたこと、
そして、どちらで暮らしても、精いっぱいがんばってきたこと。
一言で言ったら、真面目で不器用なのだと思う。
一方の暮らしに誠実であろうとするとき、もう一方を(そのつもりはないにしても)締めだしていなかったか。
彼女の終盤の悩みは、自分が一体どこに属する何者なのか、という問いかけにも思えたのだけれど。
そして、もはやどこにも属さない、故郷を持たないものになってしまった、と感じているのではないかと思ったのだけれど。


この物語はまだ途上。もっとずっと長いこの先の物語があるはず。いろいろな道が彼女の前には開けているのだとも思う。
いつかずっと先で、
彼女にとっての二つに分かれたものが、どういうふうに形を変えてかわからないけれど、一つに合わさるといいな、と思う。


主人公はもとより、登場人物それぞれが深みがあり、それぞれが別の物語を持っていることが、うかがえます。
ほんのわずかな登場だけれど、心に残るのが、ブルックリン・カレッジの夜間クラスのローゼンブラム先生と、
彼のことを良く知っていそうなマンハッタンの書店の老人。
もっと突っ込んだ、とても長い話があるはずなのに語られない。それが最後まで気になっていました。
そして、書店での老人の問いかけに対するアイリーシュの返答が、居心地悪く心に残る。
(普通の若者の、あたりさわりのない受け答えだったのだろうと思うと余計。)