日本児童文学名作集(上下)

日本児童文学名作集〈上〉 (岩波文庫)

日本児童文学名作集〈上〉 (岩波文庫)

日本児童文学名作集〈下〉 (岩波文庫)

日本児童文学名作集〈下〉 (岩波文庫)


福沢諭吉の『イソップ物語 抄』(1880頃?)から始まって、新美南吉の『牛をつないだ椿の木』(1943)まで、上下巻合わせて38編。
古い順に収録されているので、この本を読むということは、そのまま体験型(?)日本児童文学の歴史、という感じなのです。


収録された作品のうちのいくつかをピックアップして、年代順に書き出しの言葉を並べてみます。
「蝦蟇(かえる)あまた住へる池の辺に、大ぜいの子供来りて・・・」(福沢諭吉イソップ物語抄』)
「むかし或る深山の奥に一匹の虎住みけり。幾星霜をや経たりけん・・・」(巌谷小波『こがね丸』)
「画を好かぬ子供は先ず少ないとしてその中にも自分は子供の時、何よりも画が好きであった・・・」(国木田独歩『画の悲しみ』)
「春坊はわたしの弟で今年四つです。ねえ、諸君春坊って言うと始終笑ってばかりいそうな名でしょう・・・」(竹久夢二『春坊』)
「すずめのぽっぽは、二人とも小さな小さな赤いお手帳をもっています・・・」(鈴木三重吉『ぽっぽのお手帳』)
「まだ天子さまの都が、京都にあった頃で、今から千年も昔のお話です・・・」(菊池寛『三人兄弟』)
「「兄ちゃん、おやつ。」とさけんで、三平が庭へかけこんでいきますと・・・」(坪田譲治『魔法』)


ざっと、書き出しだけ並べてみても、こんなに文体が変わってきている。その間約120年。
明治の子どもたちは「幾星霜をや経たりけん」なんてのをさらさら読んでいたのね。さすがさすが。
変わったのは、もちろん文体だけではありません。
作品の内容、作者が伝えようとする思い。
それから、もちろんもちろん、受け取る側の子どもも変わってきているはずだし。


西洋文化と日本の伝統文化のへんてこりんな合体と、お説教なのか童話なのかわからないようなのから、
日本の児童文学の歴史は始まる。
それだって、子どもの「ために」書かれた文学が誕生したのは、革命的なこと、
今の児童文学に繋がって行く始めの一歩と思えば感無量でもあります。
若松賤子、巌谷小波・・・初めて読みました。
150年前の児童文学をそのまま味わい、ストーリーがおもしろい、と思えたことにびっくり。
巌谷小波の『こがね丸』は挿絵も楽しい。
鳥獣戯画風の動物が武者姿だったり、屏風の前におかみさん風に正座したり・・・
日本のビアトリクス・ポターかと思います。
またこのころ、すでに仕掛け絵本が作られていたことに、おどろきました。


『赤い鳥』の功罪について書かれていた解説を興味深く読みました。
とはいえ、あきらかに、『赤い鳥』以降、子どもの物語の内容が大きく変わったことは確か。
それまでの将来大人になるべき存在としての子どもに、上から「与える」、というスタンス(だから当然教訓がついてくる?)から、
子どもが子どもである現在を思い切り楽めるような、友だちのような物語に、このときから少しずつ変わってきたのかもしれない。
やっぱり『赤い鳥』は、(いろいろ問題はあったにしても)すごい。
佐藤春夫『蝗の大旅行』が好き。ふっと思わず微笑んでしまうようなささやかな雄大さ(?)が楽しくて。
また、小さなものへの作者のまなざしが温かくて。


そして、宮澤賢治はもう別格!
わたしは、実は今まで、宮澤賢治をそれほどに特別に意識したことはありませんでした。
こんな風に思ったのは初めてです。
こうして様々な作品のなかにあって(あるからこそ、かな)、賢治の世界の特別さ、美しさは、輝いて見える。
収録されていたのは『水仙月の四日』『オッぺルと象』です。
圧倒的な力で、物語の世界に持って行かれる、という感じ。
すっぽりと絵の中にいる・・・
どちらもファンタジーの世界で、ことに『水仙月…』は本当に美しいです。
残酷な厳しい世界があって、ぼやぼやしていたら生きていけないのに、こんなに透明で美しい世界。
言葉も美しいし、その言葉が結ぶ像も美しい。
そして、立ち上ってくるのが、弱い者への限りない慈しみ。


そうして、この本の最後の作品のあと、もう60年以上が過ぎました。
この本の続きがもう一冊できあがってもよいくらいの年数です。
現代の児童書は、ずんずん変化してきて、当然だけれど、この本の一番新しい作品とも、まるっきり様変わりしている。
文体も違うし、児童書としての存在の意味も、きっとちがっているのではないかな。
この本の続きを20篇ほど選ぶとしたら、誰の何を入れる?と考えて楽しんでいます。