遠い水平線

遠い水平線 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

遠い水平線 (白水Uブックス―海外小説の誘惑)


初めて読んだタブッキの『インド夜想曲』では、わたしはインドの町から町へと旅をした。
二番目に読んだ『供述によるとぺレイラは…』では、ポルトガルにいた。
そして、この本で、わたしはイタリアの町をめぐる旅に連れて行ってもらった。
どの旅も、季節は夏がいい。


この本の主人公は二人。
生きている人間と死体である。
生きている人間(スピーノ)は、名も過去もわからない死体の身元を探して旅をする。
わたしは、死体の身元が気になる。
同時に生きているスピーノが気になる。
安定した仕事、恋人・・・一見満ち足りているように見えるが、あまり風通しがよいとはいえない生活。
その感覚は、多少なりとも理解できる、と思う。
その彼が、この身元不明の死人に興味をもつのも、なんとなくわかるような気がする。
ちょっとばかり熱心すぎるような気はするけれど。
この探索が、彼のおもしろくもない人生に風穴を開けるのを期待してしまう。
彼の熱意のままに、
この死人がどこのだれで、なぜここで死ななければならなかったのか、
知らなければいけないんじゃないか、という気もしてくる。


死体、というけれど、この死体は、不思議に生臭さを感じません。
死体らしくないのかもしれない。
むしろ、古い躯を捨てて、新たな衣装をまとった一つの魂、という感じがする。
「どうして、彼のことを知りたいのですか」という問いかけに、スピーノは言う。
「むこうは死んだのに、こちらは生きてるからです」
まるで、死と生とが、ほんのひとまたぎの川のあっちとこっちにあるみたいな言い方だ。
そして、この本の最初から最後まで、互いに寄り添いあって旅を続けていた、とはいえないだろうか。


彼の進む道の先に結末は待っているはずだ、と思うじゃないの。
まるで手品みたいだった。
たとえば、たった一枚だけしかない、と思っていたカードが、実は二枚だった、みたいな感じ。
または、一途に前ばっかり見ていると、周りが見えないでしょ、と言われているような感じ。
思いがけない方向から思いがけない光が来たような気がして、びっくりした。
主人公の見つめる水平線の彼方に、自分の後ろ姿が見えるなんてこと、ありうるだろうか?
この先、何がおこるかわからないのだ、ほんとは。
そんなこと言ったら、ここまでの旅の意味だって、ほんとにはわかっていないのだけれど。
それでもこの突き抜けたような清々しさが気持ちがいいじゃないの。
まいったなあ、と思うじゃないの。
主人公は二人。・・・その境界線がぐらりと揺らぐ。