旅の絵本(1973年)

旅の絵本 (1973年)

旅の絵本 (1973年)


『伊藤まさ子の雑食読み 日々、是一冊』で、紹介されていた本のなかで、
とても気になっていた本をやっと読むことができました。
串田孫一 『旅の絵本』
もともと、ラジオで朗読するために書かれた文章だそうです。
日本中の旅先、おもに山、それから川や湖、岬や渓谷・・・
それぞれ地名をタイトルにした一章は、短い詩と散文と、著者によるコラージュ画とで成り立っています。
文章は端正だけれど、少し寂しい。人のあまりいない寂しい場所ばかりを選んでいるからかもしれないけれど。
たまに人に会っても、ほとんど風景といっしょ。
この本のなかの旅は、人に会う旅ではなく静寂に出会う旅なのかもしれません。


静かさのなかで、際立つのは、文章、言葉の美しさ。
そして、まるで、霧がだんだん晴れていくような感じで、ゆっくりと言葉の間から画像、音が立ち上ってくるような気がします。
音・・・鳥の声だったり、風の音、はるかな人声(風や鳥の声と同じくらいに、言葉ではなく「音」です)
そして、色。
それから初めて、あ、ここに空気がある、呼吸してたんだっけな、と気がつくし、そうだ、時間も流れていたんだ、と気がつくような。


こんな静かな旅の本も良い。
遅い家族の帰りを待ちながら、しんと静かな夜の読書に、ふさわしい。
たとえば富士五湖の「鳴りださない音楽」の不思議、とか、槍・穂高の「力の死骸」とか、引用しようと思ったが、
でも、これをとるなら、あちらも捨てがたいし、この一行は、前後の長い文章なしでは、意味不明になってしまうし、と迷ってしまう。
この本のすべてが好きなんだ、と思ったら、何もとりださないほうがいいかもしれない、と思った。


図書館で借りた本ですが、手許にほしいのです。
復刊を希望します。