供述によるとぺレイラは……

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)

供述によるとペレイラは… (白水Uブックス―海外小説の誘惑)


時代は第二次世界大戦直前で、ポルトガルは微妙な情勢でした。
物語は、ぺレイラという男の供述をもとにした長々としたレポートになっています。
だけど、このぺレイラの供述というのは、何についての供述なのか、
どういう理由で、どこで誰に対して供述したものなのか、さっぱりわからないのです。
ただ、「供述」という尋常ではない言葉に読む側としては緊張を強いられます。
余計な感情を交えずビジネスライクに淡々と進められる文章に、苛立つ。
そして、これから起こるに違いないことをあれこれ想像して、怖気づいてしまう。
物語の進展も、空気も、そして主人公の周りの人間たちも、
どうにもこうに嫌ぁな感じ。


ポルトガルってどんな気候なんだろう。
この本から感じるのは粘っこいような蒸し暑さの夏。
ぺレイラと一緒に私も汗を流している。咽喉が渇いている。
そして、彼が注文するレモネードの清涼感がほんとに恋しくなる。


ぺレイラとロッシ。二人の男が出てくるが、たぶん、どちらもぺレイラ自身なのだろう、と思う。
時計の振り子のふり幅の右端と左端みたいに極端だけれど、どちらも、同じところから振られている錘のようなもの。
もしかしたら、片方が片方の願望だったのかもしれない。
そう思えば、「どうしてそうしたのかわからない」といいながら深入りしていくぺレイラの一連の行動の意味がわかるような気がする。
やるせないなあ、と思うのは、右に寄っても左に寄っても、別の意味であんまり嬉しくないような気がするから。
せめて、あまり大きく揺れずにおさまってくれたらいいのに、と願った。


・・・こういう読後感が待っているとは思わなかったのです。
例えて言えば、汗を流しながら炎天下の街路をとぼとぼと歩いてきたら、
思いがけなく目の前に冷やしたレモネードのグラスを差し出された、そんな感じです。
(最後のあの一文のあとに、どんな文章が続くとしても、レモネードは変わらない、と思う)


物語は一見、政治的・社会的な意味合いを持っているように見えます。
でも、本当はちょっと違いますよね?
最初の方で、ペレイラは彼の叔父の口癖を思いだしていますが、この言葉がとても印象的に蘇ってくるのです。

哲学は、真理のことしかいわないみたいでいて、じつは空想を述べているのではないだろうか。いっぽう、文学は空想とだけ関わっているようにみえながら、本当は真理を述べているのじゃないか。