ロスト・シティ・レディオ

ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)

ロスト・シティ・レディオ (新潮クレスト・ブックス)


内戦が終わって10年後の、南米の架空の国が舞台です。
人気ラジオ番組「ロスト・シティ・レディオ」のキャスター、ノーマは、
内戦中に行方不明になった人々(だれかにとって大切な肉親であったり友人であったり)の名前に、呼びかけ続ける。
彼女のもとにジャングルの村から1人の少年がやってくる。村の行方不明者の名まえのリストを持って。


そうして始まった物語は、サスペンスだろうか。
現れては消えていく意味不明な(意味深長な)言葉。
月、モグラ、IL、タデク・・・
何かありそうでなさそうな孤独な人たち。
レイ、ザイール、アデラ、ビクトル、マナウ・・・
現在と過去、都会とジャングル、さまざまな人々の物語。てんでんばらばらな物語が、ひとつになっていく。


若い兵士たちの感情の無い顔の集合は、憎しみの表情よりも恐ろしかった。
こんなにも残忍で怖ろしいことが起こっているのに(その一部になっているのに)当の本人の無関心さ。現実感のなさ。
現実感がなくなればなくなるほど、怖ろしい。
人の命がゲームのように、リセットされる・・・


この物語には、大物(?)は出てこない。ヒーローやヒロインと呼べそうな人はいない。
あるひとりとひとりは、そこそこには能力のある人だった。でも、ちょいと愚かで軽率だった。でも、邪気はなかった。
愚かさの代償はこんなにも高いのか。


ある地方のある民族の因習として「タデク」という儀式が出てくる。
ずばり言えば生贄の選出。それが現在この国で起こっていることだ、と看破したのはノーマの夫。
社会の秩序(?)のために生贄を要求される世界なのだ。
これはそういう物語である。
だけど、これは本当に物語だけのことなのだろうか。
(そして、そもそも仕掛け人はいったいどこにいるのだろうか)


ノーマは本当にいたのだろうか。ノーマという存在はなんなのだろう。
彼女は物語のなかで大したことは何もしていない。(したくてもできなかった) 
特に魅力的とも思えません。
でも、その声は?
彼女の存在感が薄ければ薄いほどに際立つその声。国中の人々を魅了したというノーマの独特の声が強い印象になる。


内戦後の混乱、緘口令と恐怖によって押さえつけられた国が舞台。
ミステリアスな展開。
緊迫した空気。
のはずなのに、読後に残るのは静けさです。空気はジャングルの湿り気にしっとりと濡れています。詩的とも思います。
ノーマの声が、行方不明者の名を呼びかける。
でも、声はたいてい届かないだろうと思います。
だから、声は、静けさに吸い取られていくしかないのだと思う。でも、そんなことはきっと問題ではないのだ。
その名まえを声に乗せて呼びかけることによって、名まえをこの場所にとどめているような気がするのです。
名まえまでは行方不明にはならない、忘れないって。