陽気なクラウン・オフィス・ロウ

陽気なクラウン・オフィス・ロウ (講談社文芸文庫)

陽気なクラウン・オフィス・ロウ (講談社文芸文庫)


庄野潤三さんのロンドン旅行記、ではあるけれど、
そもそもこの旅は庄野潤三さんが愛するチャールズ・ラムの足跡を訪ねる旅でした。
律義に、朝起きてから寝るまでの足跡を丁寧に綴った日記風のエッセイで、
そのうちのほぼ70パーセント以上がチャールズ・ラムに関わる話なのだから、ラムへの思いの強さもおのずとわかろうというもの。
これほどまでに思うラム三昧のロンドンの十日間は、庄野潤三さんにとってどんなにか至福の日々であっただろう。


タイトルの『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』とは、チャールズ・ラムの出生の場所であり、
チャールズ・ラムの墓碑銘に刻まれている言葉だそうです。
ラムに詳しい人ならすぐぴんとくるのかもしれませんが、その著作を一冊も読んでいないわたしは、
このタイトルは煙に巻かれたような感じでとまどいました。


チャールズ・ラムの『エリア随筆集』(これがとても有名らしい)の話、ラムの生涯、書簡などを引きながら、
庄野さんのチャールズ・ラムへの熱い思いが自由自在にほとばしるよう。
でも、正直、ラムなど興味ありません、庄野潤三さんの文章がただ読みたかったのです、というわたしなどは悲しいことについていけない^^
こんなわたしがこの本を手に取るのは間違っているのではないか、と思ったり。
それでも、庄野潤三さんの文章から、まるで興味がなかったはずのラムの姿が浮かび上がってきます。
随筆家でありながら、南海商会、東インド会社などに勤め、経済的には不自由のない暮らしをしていたが、幸せであったとはいえない。
律義で責任感強い人、子どもや(当時の)女性など社会的地位の低い人たちへの深い思いがあった人、との印象を持ちました。
それなのに(そのせいで?)背負いこんだことや耐えなければならなかったことがあまりに重く、痛ましく感じた。


庄野潤三さんがこんなにも熱く語るチャールズ・ラムの書いた本を読んでみたくなりました。
で、図書館に予約した『エリア随筆抄』(こちらの解説が嬉しくも庄野潤三さん)を並行に読んでいます。
庄野さん、あとがきのなかで、

「ロンドン日記」が今まで『エリア随筆』に馴染の無かった読者へのささやかな橋渡しの役を果たしてくれるように願っている
と書かれているので、うんうん、わたしはこれでいいのだ、と自己満足している。


ラム、ラム。チャールズ・ラムだらけの旅に、すっかり置いてきぼりにされたような気がするこの本でしたが、
ラムの隙間に書きこまれている庄野夫妻の旅のスナップ(?)は、やはり楽しい。
著者のおおらかで屈託のない人柄がにじみ出る文章にほっとする。
テムズ川を船でくだりながら、乗り合わせた若者たちがふざけ合い笑い合っているのを見て、一緒になって笑い、最後には手を振りあって別れたり、
滞在中毎日のように通ったカフェの女の子(日本語勉強中)と仲良くなったり、
ゆったりとした気持ち、そして温かい思いが体全体に沁みてくるよう。
日常のことを丁寧に描写、朝昼夜の食事のメニューまで丁寧に描かれていたのが微笑ましかった。