銀のスケート

銀のスケート―ハンス・ブリンカーの物語 (岩波少年文庫)

銀のスケート―ハンス・ブリンカーの物語 (岩波少年文庫)


この物語が出版されたのは1865年だそうです。
ふしぎの国のアリス』と同じ年で、『トム・ソーヤーの冒険』の10年前なのだそうです。
良くも悪くも古い古い子どもの本なのです。
当時の大人が求める(悪く言えば押し付ける?)子ども像なども感じるのですが、
同時に、大人が子どもの幸福をこんなにも願っているんだ、と感じさせるたくさんの場面が嬉しく、幸せな気持ちで読み終えました。


オランダのアムステルダム近郊のブルックという町を舞台にして、
いくつかの物語が縒り合わさって一つの物語になっています。


タイトルの銀のスケートは、近々開かれるスケート大会の一等賞の賞品なのです。
町じゅうの子どもたちが楽しみに待っているこのスケート大会が、一つの物語。
大会までに、多くの魅力的な子どもたちと物語の中で出会ってしまったので、どの子にも優勝させてあげたくて、
でも、その一方で、やはりあの子に・・・とのひそかな願いもあったりして、一生懸命観戦しました。


それからハンスという貧しい少年と、その一家の物語。
痛ましい事故のため十年間記憶を失い、ぬけがらのようになって生きているお父さんを抱えて、
けなげにおかあさんを助けて働いている少年です。
このおとうさんが記憶を失うと同時に消えてしまった家族の財産千ギルダーの行方をさがすこと、
また、同じく記憶をなくす前に「絶対売ってはいけない」という言葉と共におかあさんに預けた金時計の秘密。
これらの謎をどのように解くかが、もう一つの(たぶん一番大きな)物語です。
ハンスと妹のグレーテルの境遇があまりにせつないのです。
貧しいハンス一家とお金持ちの子どもたちは、心通じるものがあったとしても、普段から混ざり合わないのが普通だったのかもしれません。
そもそも一家を助けて働くハンスたちにとって、スケートなどの遊びの時間はほんとに寸暇をさらにこまぎれにした貴重な時間、
自分の時間を贅沢に好きなように過ごすことのできる子どもたちとは、遊び方も違うのは、当然なのでしょうが、
だけど、これではまるで村八分のよう。
それだけに、幸福な結末(に決まっているよね?)が待ち遠しくて待ち遠しくて。


それから、もうひとつの大きな物語が、前半の町の男の子六人(裕福な子どもたち)のスケート旅行の顛末記なのです。
いろいろな子どもたちがいて、その子どもたちの凹凸もそのままにひと固まりになってのスケート旅行の楽しさ。
ブルックから首都ハーグまでの片道50マイル、その往復です。
徒歩だったらとんでもない距離ですが、スケートなら氷った運河を町から町へ、自分の足で滑って行けるのだ。
夏には決して立つことのできない運河の水の上に立つというだけでも不思議な気がするのに、すべるすべる、なんというときめき。
運河をすべっていくのは人だけではありません。
氷船。これはそりのようなものなのでしょうか。船頭がいて、甲板まであって、帆をあげて、かなりのスピードが出そうです。
旅のあいだにいろいろな事件に巻き込まれ、彼らなりに知恵と勇気を振り絞って解決するのがおもしろくて、
わたしは、この旅行記の部分が物語中で一番好きです。


そして、旅の途上、彼らが立ち寄る町の歴史や地理、伝説などが語られる。
訳者石井桃子さんは少し端折ったそうですが、ほどよい楽しみになりました。
印象に残るのは、聖ニコラスの物語や、オランダを洪水から守った少年の物語。


この本の作者がオランダ人ではなくてアメリカ人なのだ、ということに驚いてしまいます。
オランダ人の気質をこんなにも誇らかに称えているので、絶対オランダの人だと思っていたのです。
たとえば、

>この、ものしずかな、ひかえめにみえる国民ほど、勇敢で、英雄的な民族はない。
子どもたちの小さなオランダ人としての誇りも微笑ましかったです。