水晶玉は嘘をつく?

水晶玉は嘘をつく? (創元推理文庫)

水晶玉は嘘をつく? (創元推理文庫)


ミステリであるからには、当然探偵がいるわけで、その探偵役が11歳の少女、といったら、可愛いな、と微笑んでしまいそうだけれど、
うっかり微笑んでいたら痛い目にあわされるぞ。


そうだ、この本、ミステリでした。
・・・って、もちろん、おもしろいミステリですとも。
でも、ミステリはおもしろいのは当たり前に普通です。
その面白いミステリを当たり前に普通に読んでいるのに、ミステリということを忘れちゃうってすごいことじゃないですか?
探偵役の11歳の少女フレーヴィア・ド・ルース。
そう、この少女! この子が際立って印象的で、気になって気になって・・・
彼女を追いかけているうちにミステリを読んでいるということを危うく忘れてしまうのです。


シリーズ三作目で、前の二作を読んでいないのですが、一見でも大丈夫。
おなじみ(と思われる)人物が登場する時には、ちょこちょこっとさりげない情報を提示しつつ紹介してくださるので、楽に物語のなかに入っていけます。
といいつつ、この少女には、一作目からちゃんと知りあいたかったな、と思います(これからゆっくり出会っていくつもりです)
この地に代々続いている名家の娘らしいが、一家の経済状態はかなり困窮しているらしい。
先祖代々の名品を少しずつ手放さなければならない程に。
物心つく前に失った母、その悲しみを未だに抱えて苦しんでいる父、そして、屈強な(?)二人の姉。
天才化学少女であるけれど、かなり孤独。
自分の気持ちを割って話せる家族は一人もいないじゃないか。
友だちも(たぶん一人も)いないじゃないか。
実験室と実験器具だけが友だちだなんて・・・11歳だよ? これは相当根が深い問題だと思うのだが・・・


彼女はだれにも頼らない、なんでも一人で決めて一人で行動する。誰の干渉もはねのけて。
背伸びして人を見下し、プライドを武器にして。
咄嗟のウソも自由自在で、たくみなのだ。何しろよくしゃべることにあきれる。
そのしたたかさに舌を巻く。すごく大人びていると思う。


>「あたしの人生と比べたら、シンデレラなんて甘やかされたちびだ。」

なるほど。おみそれしました。


彼女がのびのびと子どもらしい姿を見せるのは、人を相手にするときではなく、ものを相手にするときのようです。
化学実験へのつきぬ興味。いきいきとした歓び。
そして、愛車(自転車)グラディスと会話をするのだ。ともに冒険するのだ。
親友と秘密を分け合うような関係が、羨ましいくらい素敵だ。


でも、彼女が本当はどんなに友だちがほしいか、家族を思っているか、記憶にない母がどんなに恋しいか、
どんなにどんなにさびしいか、
折に触れてちらりと覗く11歳の心に、はっとするのです。


この子、どうなるのだろう、どんな大人になるんだろう、と不安にもなるのですが、
固い殻の下にしまいこまれた柔らかいものが、じわりと表面に出てこようとしているような気がします。
思わず見せる柔らかいものに、ふと触れたとき、なんともいえない温かい気持ちになる。
そして、冷たい暗い家庭だと思っていた彼女をめぐる人たちが本当は・・・


大人になった彼女に会いたい。
それ以上に、もっともっと子どもの彼女のホラ話を聴いていたい。