まろ、ん? ―大掴源氏物語

まろ、ん?―大掴源氏物語

まろ、ん?―大掴源氏物語


源氏物語54帖を、長いのも短いのも関係なく、一帖につき見開き2ページの漫画であらわし、一冊にまとめている。
そんな無体な・・・いくら「大掴源氏物語」といっても大掴みすぎませんか?
と思ったのですが、ここまで装飾品をはぎ取り、贅肉までをごっそりとそぎ落として見せてくれると、
全体像が見事に俯瞰できるものなのですね。


挑戦するだけでもしんどそうだし、でも知らないというのも恥ずかしいなあ、と思っていた源氏物語
平安のプレイボーイの女性遍歴の集大成(?)と思っていた源氏物語
ほんとに、私、知らなかったんだなあ。


見目麗しいはずの光源氏をこの本では大胆にも顔を栗にして、その呼び名もただ「まろ」。
そう言えば、女たちはちゃんと顔があるのに、なぜか男たち(貴公子たち)の顔はみんなソラマメやらどんぐりやらミカンやら。
そして、見開き2ページにまとまった一帖一帖、まろ君のあきれるばかりの好色ぶりがこんなに赤裸々。
誰かれ構わず手当たりしだいじゃない? 心から、とんでもないやつである。


あまりにそぎ落としすぎて、身もふたもない、とも言えるけど^^ あえて、それが目的、ですよね?
しかし、そぎ落とし効果(?)は、それだけじゃなかったのですよね。
「まろ」の一代記、そして息子や孫の物語、さらに、まわりの人間たちの多彩な模様など、その人生、一族の盛衰、この世の無常までも描き上げた
確かにこれは大河物語だったのです。手の込んだ織物のようです。
はるか昔の学校の古典の授業だけで学んだだけ、あちらの一文、こちらの一文をほんのちょっとだけかじっただけでは
こういう俯瞰図は、見えなかった。
かといって、いきなり全部は(たとえ現代語訳でも)ひるんでしまう、という超初心者にとって、
こういう本は全体像をおぼろげにでも眺めるには、なんというありがたい存在だろう。
(この本が完成するまでに、構想に6年、実作業に三年をかけているそうです。ああ・・・)


まろ(光源氏)が、まわりから称賛され、あちこちで好きなことを好きなようにやって、
それは不運にも見舞われ、不毛な時代もあったものの、相当の栄華をほしいままにし、なんと羨ましい人生よ、と見えるのですが、
彼は生きている間、いったい何度出家を考えたことだろう。それもかなり真剣・具体的に。
しかも、どの時にも、実行することができなかった。あまりに大きなしがらみに邪魔されて。
決して幸福な人生ではなかったのよね。
栗の顔でも、彼の苦悩がちゃんとわかる。


そうして、彼の周りを見れば、気楽にいい加減に暮らしている人なんてだれもいない。
それぞれ悩み苦しみ、必死でこの世を渡っていた。
だから、花鳥風月に心を寄せて、この世の憂さをひととき慰める。のかもしれない。
源氏物語、今度こそちゃんと読んでみたい。栗じゃないのを^^


《追記》
今、気がついたぞ。
この本の著者小泉吉宏さんって、先日読んだ『戦争で死んだ兵士のこと』の作者さんだった!
わあ、びっくりした。
こんなに信じられないくらい作風がちがって、どちらもちょっと忘れられない本なのです。すごーい。